中央労働時報(一般財団法人労委協会)2013年10月号掲載 「解雇撤回の有効性」

弁護士 佐渡島 啓

地位確認等請求労働審判事件

-使用者が解雇を撤回して、新たな職種への復帰を認めたが、労働者が従前の職務や労働条件と異なる職務に戻すことは解雇の撤回ではなく、新たな雇用契約の誘因に過ぎないとして年休取得により出勤しなかったことの有効性が争われた例
(平成二五年四月三〇日申立、六月一七日第一回期日、七月二二日第二回期日・審判。さいたま地裁平成二五年(労)五七号事件)-

事案の概要

相手方(Y)は、総合警備保障業務をおこなう企業であり、警備員約四〇名、事務職員四名の従業員が在籍していた。申立人(X)は、平成一八年四月にYと期間の定めのない雇用契約を締結し、経理部長として勤務してきた。

ところが、平成二四年五月に従前の代表者を含め経営陣が一新し、外部から新たな代表者が就任した。これをきっかけとして、Xの業務に月次決算資料や資金繰表の作成が加わり、さらに他の従業員が担当していた警備員の管制業務も担うようになったため、労務量の過重性から業務が停滞するようになった。

そこで、平成二四年七月頃、Xは新代表者に対し、警備員の管制業務を担当からはずしてほしいと申し入れたところ、新代表者はXに対し「あなたには任せられない」などと言い、一年契約の嘱託職員とする雇用契約を提示してきた。
Xは、いったんはこれを拒否したものの、新経営陣からの雇用条件の提示を拒否したら旧経営陣からの従業員である自分は解雇されるのではないかと危惧し、やむなく嘱託職員として雇用契約を受け入れた。

その後、Xは経理業務を中心に勤務していたところ、平成二五年三月一四日、Y代表者はXに対し、「今月いっぱいで辞めてもらいたい」と告げてきた。Xはこれを拒否し、同年四月からは有給休暇を取得する旨伝えて出勤しなかったところ、同月四日、Yから「嘱託契約解除のご通知」がXに届いた。

労働審判期日前の交渉

そこでXが代理人(当職)を選任し、X代理人が労働審判を申し立てた。申立の内容は、①地位確認請求等と共に、②旧経営陣時代の土曜出勤に時間外手当が全く支給されていなかったことから、この時間外手当六〇万円弱の請求であった。
そうしたところ、Yは代理人を通じて、平成二五年五月一日付けX代理人宛通知書において、①期間途中の解雇には、Xの業務内容がいい加減であり、何度も注意しても改善がみられないなどの理由があるとしつつ、しかし職場復帰を認めること、ただし、復帰後は警備業務に従事させること、②時間外手当は旧経営陣時代のXの勤務状況なので判断できないなどと通知してきた。これに対し、Xは、従前の経理業務に戻すのでなければ職場復帰はできないと回答した。

審理の経過、期日間の交渉

平成二五年六月一七日に第一回期日がおこなわれた。Yからは、すでに解雇は撤回し、Xの職場復帰を認めているにもかかわらず、Xが出勤しないのであるから、解雇撤回後はXは無断欠勤の状態であるという主張がなされた。

しかし、上記のような経緯も踏まえ、審判体から、解雇は無効であること、Yのいう解雇撤回は、職種や労働条件の違いからして全く新たな雇用契約の誘因であるに過ぎないこと(そうであるから、Xが出勤しないことは無断欠勤ではないこと)、といった心象が開示された。
これを受けて、同月一九日付けY代理人からX代理人に対するファクスで、Xを従前の職種で職場復帰を認めるという連絡があった。Xも職場復帰することには前向きであったが、①バックペイの支払いは確保すること、②解雇は無効であって、この間出勤しなかったことについてXには落ち度がなかったことを職場で確認してもらうこと、③時間外手当も相当程度支払ってもらうこと、という条件があった。
これに対してY代理人は、②については、Xが職場復帰する日の朝礼で、Y代表者が解雇は無効であったことを従業員に説明すること、その場にX代理人が立ち会うことは認めた。しかし、①バックペイについては、全額は認めないという態度を保持し、期日間での和解に向けた調整はつかなかった。

同年七月二二日に第二回期日が開かれたが、Yからは上記審判体の心象に対する反論はなく、調停での解決に向けた話し合いがおこなわれた。Xは、バックペイ全額と請求している時間外手当の約半額である合計九六万円が和解できる下限だとしたのに対し、Yは、バックペイは上記六月一九日までとすることにこだわり、五〇万円~七〇万円の支払いでないと調停に応じないということのようであった。
結局調停は成立せず、最終的には、YがXに九五万円を支払え、という審判がくだされた。

審判後の経過

Xは、ほぼ和解の下限として考えていた金額の審判内容であったことから、これには異議を出さないこととした。これに対し、Yも異議を出さずに九五万円をXに支払うという連絡をY代理人から受けた。
Yが、Xに対する解雇を撤回し、従前の職務に戻ることを認めていることから、審判では地位確認についての判断はなく、本稿作成時点ではXはYの従業員としての地位を有する前提であるが、上記九五万円の支払い時期には、Xの雇用期間が経過することになるため、これにより退職となる見込みである(雇い止めを争うことも検討したが、これはおこなわないつもりでいる。)。

コメント

近時、不当な解雇をおこなった使用者に対し、労働者が交渉や法的手続きをとった段階で、使用者が解雇を撤回し、復職を強要する例がしばしば見られる。本件では、Xが職場復帰も解決の一つとして考えていたが、そうでない場合には、労働者代理人としてその後の対応に苦慮することもある。
しかし、本件審判体が、使用者が形式的には解雇を撤回しても、従前の職務や労働条件と異なる職種に戻すことでは法的には解雇の撤回でなく、新たな雇用契約の誘因に過ぎないこと、またそのような「解雇撤回」後には、労働者が職場復帰をせずとも使用者がバックペイを支払わない根拠にはならないという態度を明確にしたことは、他の事例の参考になると思われる。

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