追悼 宮澤洋夫先生 「昨日も今日も」(弁護士猪股正)

当事務所の宮澤洋夫元弁護士(享年95歳)が、令和4年2月22日に逝去されました。

 お世話になった宮澤先生を偲び、コラムに一文を掲載させていただきます。こちらは、宮澤先生が90歳を迎えられた慶事を祝して発刊された記念誌「心礎を築く-私たちの宮澤洋夫先生」に寄稿させていただいた原稿を基にしています。

「昨日も今日も」

 並み居る諸先輩方がいる中で、事務所の建物の中で宮澤先生と一緒に過ごした時間が一番長く、もらい煙草の本数が一番多いのも、実は私なのではないかと思う。
 もちろん、真面目に事件を一緒にやらせていただいたことだってある。宮澤先生から声をかけてもらい、馬主の事件とか、請負の事件とか、一筋縄ではいかない労力のかかる厄介な事件が多かった。打合せのときも、尋問のときも、宮澤先生はそばにいてくれ、気がつくと眠っておられた。思うとおりに、まあ適当にやってくれ、あっはっは。いつもそんな感じだった。
 私はなかなか仕事が終わらない。事務所で仕事していて、ふと気付くと午前零時を回っている。残っているのは、宮澤先生と私だけ。午前2時になっても、午前4時になっても宮澤先生は火の消えた煙草をくわえながら机に向かわれている。帰らない。翌日もまた、朝まで事務所にいらっしゃる。たまに深夜まで飲みふけり、午前3時に事務所に戻ると、あかりがついていて、ひとり宮澤先生が椅子に座っている。70歳、80歳を過ぎてもずっとである。僭越ながら、不夜城の同志のように思っていた。
 3年禁煙しては、また3年煙草を吸うという愚かなことを繰り返していた私は、禁煙中は、煙草もライターも持っていない。灰皿の前で、煙草をくわえている宮澤先生に出会う。「宮澤先生、煙草1本もらえますか。」というと、宮澤先生が、ニコニコしながら、煙草をくれる。灰皿の前で、力道山とか、ジャイアント馬場とか、最高裁長官のこととか、宮澤先生が事件や運動の中で出会った人たちにまつわる話を次々とされる。間違えて友軍機を打ち落としたという、実話なのか作り話なのかよくわからない戦時中の話を、あっはっはと笑いながらされる。1本が2本になり、すまなそうなふりをして煙草をもらう私に、そのうち、煙草の箱とライターをくれる。
 こんな宮澤先生との日々が積み重なり、いつの間にか20年以上。いつも、喫煙所で会うたびに、目を細め「よくがんばってるね。」と声をかけてくれた。それほど言葉を交わすわけではないけれど、同じ時間、同じ空間の中で、いつも気にかけてくれてるんだと感じてきた。
 周囲からあれだけ言われても煙草を手放さなかった宮澤先生。天国でも、今にも灰がポトリと落ちそうな煙草をくわえているお姿が目に浮かびます。私は禁煙を続けていますが、またいつか煙草をいただきにうかがいます。宮澤先生、昨日も今日も、いつも近くで励まし続けていただいて、どうもありがとうございます。これからも、一歩一歩進んで行きたいと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。

弁護士 猪股正

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