いくつかの公序良俗違反事件(弁護士 猪股 正)

 公序良俗違反(民法90条)は要件が抽象的・包括的であることもあり、主張・立証のハードルは高く、公序良俗違反の主張をする事件は“負け筋”だと言われることもある。振り返れば、いくつかの事件がある。当事者、同期、同僚はじめ多くの仲間と力を合わせて困難を乗り越えるというかけがえのない経験をさせてもらった。

 2003年5月、会社員男性が「夜が明けた。ゆうべはほとんど眠れなかった。」「サイシンへの支払い…手持ち無し。辛い!!どうする!」「もう会社へ出られない」などと記した遺書を残して飛び降り自殺した。サイシンは車を担保に年利300%以上の高利で融資をするヤミ金であり、この日は利息の支払期限だった。司法修習同期の弁護士からの紹介でご遺族から相談を受けた。当時、県内の至る所に「車でお金」と書かれた看板が貼られ被害が多発していた。集団訴訟を提起。ヤミ金事務所での交渉、山形市での出張尋問などいくつもの山を越え、2011年9月7日、さいたま地裁は、車金融の手口を「公序良俗に反する違法性が顕著なもの」とし、自殺との因果関係を認め、背後にいた暴力団関係者らも含めサイシンに損害賠償を命じた。高裁でも判断が維持された。被害額は遅延損害金を含めると総額1億円超になった。詐害行為取消請求訴訟などを経て、背後の首謀者の自宅を差押え、全額に近い賠償金を回収した。

 2011年5月、生活に困窮した人を劣悪な施設(無料低額宿泊所)に入所させ、生活保護費の大半を搾取していた貧困ビジネス業者に対し、入所者が原告になって集団訴訟を提起した。囲い込まれていた施設からの脱出、脱税での刑事告訴、常軌を逸した妨害工作への対抗などの攻防の末、2017年3月1日、さいたま地裁は、搾取の構造を認めて、施設入所契約は「公序良俗に反し、無効というべきである」とし、貧困ビジネス業者に対し、総額約1580万円の損害賠償等を命じた。

 2014年、70歳の男性が街金から融資を受けた。気付けば、自宅や賃貸アパートなど1億3000万円以上の不動産が全て売却されており、丸裸になっていた。街金から不動産を買い受けた業者が男性に対し、建物明渡訴訟を提起した。第一審さいたま地裁は、男性が売買契約書等多数の書面に自署して実印を押印し印鑑証明書も交付していたことなどを理由に、売買契約を有効とし、業者の明渡請求を全部認容した。同僚の谷川月岡両弁護士と共に、あきらめることなくできることを続けた。2018年3月15日、第二審東京高裁は、一審判決を取消し、「莫大な利益を得ようとして行った、経済的取引としての合理性を著しく欠く取引であり、公序良俗に反する暴利行為に当たるといわざるを得ない。」として、不動産売買契約の無効を認め、逆転勝訴(判例時報No.2398)。その後、別訴で全ての不動産を取り戻した。

 人間の力は弱く、ひとりの力は小さい。学生時代、大雪の年末、早月尾根から剱岳を目指した。背丈の倍ほどもある深雪をストックを使って崩しながら全身でラッセル。力尽きると、後続の仲間と交代する。長い長い早月尾根を何日もかけて一歩一歩ラッセルして頂上直下までたどり着いた。依頼者や仲間と一緒に、あきらめず、困難に向き合い、判決にたどり着いた経験は、ラッセルの記憶とつながる。一緒に力を尽くした仲間1人ひとりに心から感謝している。

弁護士 猪 股  正

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