梶山弁護士ご自身は、自分はなにほどのこともしてこなかった、とよくおっしゃるが、私が知っているだけでも、自由法曹団本部事務局次長に始まり、「スパイ防止法」制定阻止運動では、埼玉県内の市民勢力を全国にも珍しい手法でまとめ上げ、運動の先頭に立った。
法律扶助事業に深く関わり、法律扶助協会埼玉県支部長として法律扶助の普及に努めただけでなく、当事務所OBの村井勝美弁護士の誘いを受けて、法律扶助(リーガルエイド)の視察と研究のためにイギリスを訪れたのを皮切りに世界各国を旅した。回を重ねるごとに視察団の規模は膨らみ、法務省も巻き込んで充実し、その成果は、法テラスの設立に結実した。その流れから法テラス設立準備の埼玉の責任者となり、法テラス埼玉の初代所長に就任した。
弁護士会からの協力を得るのがたいへんだったこと以上に法務省や法テラス本部に現場の現状を理解させることに苦労を重ね、退任時には、本部理事長から感謝状も贈られた(その後私も所長を務めたが、そういったものはいただいていない)。
弁護士業務では、主に医療関係の団体(医師も医療労働者も)との関わりが深く、数多くの重大事件に名を残している。とにかく、顧問先の数が多い。まだ増えているそうである。
私が知る限り、そのための営業活動をしている様子はない。皆さん梶山弁護士と飲みたがり、懇親をとことん深めている。事件の相手方からの依頼も多い。
かつて新人だった私は、何かの席で「(事務所の先輩の)宮澤、城口、村井(敬称略ごめんなさい)の真似はしようと思ってもできないが、梶山先生は目標としたい。」などと言ったことを覚えている。それは、梶山弁護士の仕事ぶりが極めてオーソドックスで、かつ、事務所のDNAに根差したハートに裏打ちされていると感じたから。
梶山弁護士は「そうか、ありがとう」と言ってくれたことも覚えているが、今思えば、本当に失礼なことを言ったものだと思っている。40年近く経った今もどんどんその差は開いていく。
弁護士 牧野 丘
(事務所ニュース・2024年夏号掲載)

