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「伝説の裁判官」 吉田久大審院判事(弁護士 伊須 慎一郎)

「伝説の裁判官」 吉田久大審院判事(弁護士 伊須 慎一郎)

弁護士 伊須 慎一郎

私は、2013年11月17日、生まれて初めて、劇団の舞台を観ました。劇団俳優座が新宿紀伊国屋ホールで公演した「気骨の判決」です。
何となく手に取ったチラシに、戦前、大政翼賛会による翼賛選挙を、選挙妨害があったとして無効にした裁判官がいたという内容で、目を疑いました。
なぜなら、現憲法下においてすら、三権分立により内閣、国会から対等かつ独立し、法と良心に従って判断しなければならない最高裁判所が、議員定数不均衡問題について国会に遠慮する判断を繰り返したり、最高裁・下級審を問わず、企業の利益ばかり配慮し、非正規労働者に不利益を押し付ける不公正な判決ばかりで、裁判官に対する不信が募っていたからです。
チラシを見た瞬間、これは絶対観なければならないと、妻と一緒に新宿に出かけました。

昭和17年の衆議院議員選挙の際、東条英機首相の下、戦争に国民を総動員するための組織「翼賛政治体制協議会」から推薦されない候補(非推薦候補)に対する選挙妨害が全国で行われました。
それに対し、各地で選挙無効の訴訟が提起されましたが、日本全体が戦争に勝つことが一番大事だとされるなかで、昭和18年には大審院の他の民事部で次々と選挙有効の判決が出ました。
しかし、吉田判事は、選挙妨害があったとされる鹿児島に出張して200人近くの証人尋問を実施しました。
吉田判事は十分な審理を尽くしたうえで、政府の圧力、特高警察の監視、裁判所内部での圧力に屈せず、他の民事部の有効判決に追随することなく、法と正義に従い、昭和20年3月に選挙無効の判断を出したのです。

吉田久判事は、こう言っています。
「わたしは死んでもいい、裁判官が事件の調べに行って殺されるのは、あたかも軍人が戦地に臨んで弾に当たって死ぬと同じ事だ、悔ゆることはない。」
「私は、この判決をするにもいささかの政治理念には左右されなかった。もし、判決が時の政治理念に支えられてなされたとするならば、その判決は不純であり、死んでいると考える。」

私は、吉田久判事、「気骨の判決」(新潮新書)の著者NHKの記者清永聡さん、そして、劇団俳優座のみなさんに、勇気を頂き感謝しています。
吉田判事のような覚悟はできませんが、2014年もくじけず頑張らないといけないと決意しているところです。
今年もよろしくお願いします。

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