「総務課弁護士」感性を磨き続ける(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

事務所は、創設以来40周年を迎え、ささやかな企画が準備されています。
私はそのうちの約7割の期間を共にしたことになります。

私の入所は、弁護士になってすぐの1985年で、バブル経済の直前、昭和末期の時期でした。多くの書面は手書きで、鉛筆と消しゴムが必需品の時代でした。ですが、こなしていた仕事量は決して少なくなく、依頼者の方々との接触も濃密でした。

今もおかげさまで引き続き多忙なのですが、あの頃のアナログな道具でどうして仕事をこなせていたのだろう、と思います。
入所ひと月余りの時に有名な豊田商事事件が起き、新人の私は夜な夜な500名弱の被害者の方々の情報整理と手紙発送に明け暮れていました。すべてがオリジナルでした。自分はつくづく「総務課弁護士」だなどと自嘲していましたが、今ではそういう折りに自分の感性を養っていたと感じます。

現在、民事訴訟の件数が減っているのだそうです。
あの当時に比べると比較にならないほどに情報は溢れ、権利意識は高まり、弁護士が身近になってきたはずなのに減っている。
これを自然現象のように語る業界人も多いのですが、法律扶助の利用件数などを人口割で計算してみるとそうとは思えません。

この分野に弁護士以外の業種が参入しつつある現状を見ると、この仕事に市場性がないわけでもなく、要は弁護士がスルーされつつあるのではないか、と思います。
感性豊かで正義の観点に立てる個性的な弁護士像は、今後、ことさらに追求し、本気で市民の選択に委ねていかないと弁護士という仕事自体が消滅するのではないか、と危機感を抱いています。

我が事務所は、単なる法律的な事務を処理するだけの事務所ではありません。
社会の流れにも敏感に、いつでも感性を磨き、身を削る集団であり続けたい、と思います。

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