貧困ジャーナリズム大賞2022 受賞作品&選評(全14作品)

2023年1月24日、貧困ジャーナリズム大賞2022の授賞式(反貧困ネットワーク主催)があり、大賞を含む、全14の受賞作品が発表されました。

貧困ジャーナリズム大賞は、「貧困」に関する報道の分野でめざましい活躍をみせ、世間の理解を促すことに貢献したジャーナリストたちを顕彰するものです。日本社会が抱える貧困の問題において、隠されていた真実を白日の下にさらしたスクープ報道、綿密な取材で社会構造の欠陥や政策の不備を訴えた調査報道、地道な努力で問題を訴え続けた継続報道などが対象です。取材される側である当事者や専門家の側から見た報道の評価を年に1度、社会に示すものです。今回は第15回目となり、2021年7月~2022年10月までに発表された報道活動が対象です。

審査員:河添誠/白石孝竹信三恵子水島宏明/(反貧困ネットワークPT)猪股正/大塚恵美子/那須淑夫

【関連報道】
 毎日新聞:https://mainichi.jp/articles/20230125/k00/00m/040/016000c
 朝日新聞:https://digital.asahi.com/articles/ASR1S6F2XR1SUTFL00D.html

目次

【貧困ジャーナリズム大賞】

松尾良 向畑泰司 田中裕之 山田奈緒(毎日新聞取材班)
ヤングケアラーをめぐる新聞連載と本の出版活動に対して

近年注目を集めている「若者による介護」の実態に、当事者への丹念な取材の積み重ねで迫っている。質的なアプローチだけでなく、ケアに関わる若者の量的な実態についても、既存の国の統計を生かしてつきとめようとするなど、多角的に現場に肉薄し、そうした報道による世論の喚起が国の調査の背中も押した。介護制度の貧困が若い世代への介護の重圧を生み出し、それが学業や将来設計にまで影響を及ぼして、次世代の貧困へと連鎖していく状況が描き出され、同時に、それらを単なる「観察対象」とするのでなく、取材者自らも問題の渦中にあるものとして描いていく手法は、介護を通じた貧困がもはや他人事でないことを、私たちに教えてくれる。
*毎日新聞・ヤングケアラーのWEBページ

【貧困ジャーナリズム賞】(順不同)

風間直樹 井艸恵美 辻麻梨子(週刊東洋経済取材班)
ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う

日本の精神病医療は、精神科病棟に長期入院させることが常態化しており、その問題は多く指摘されているところである。本作は、その実態をさらに深く追ったもので、衝撃的な事実が次々に叙述されている。拉致・監禁まがいの精神科移送、死にまで至る身体拘束、医療として必要かどうかもわからない薬漬けなどなど。さらに驚いたのは、それが精神科病院だけではなく、児童養護施設などでも薬物が子供に使われている事実が明らかにされていることだった。こうしたことが世界標準から見てどうなのかという点からも考察されており、貧困ジャーナリズム賞にふさわしいと評価した。 

池尾伸一(東京新聞)
家事労働者過労死事件をめぐる一連の報道に対して

住み込みによる家事代行・介護労働で過労死した家事労働者の女性の遺族が、国の労災不支給決定の取り消しを求めて提起した訴訟をめぐり、原告敗訴の1審判決の問題点を1面と他の関連記事で報じ、多角的な検証を展開した。加えて、厚労相との記者会見を通じ、国の住み込み家事労働者に対する実態調査の約束も引き出した。これら一連の報道活動は、個人家庭と契約する「家事使用人」を労働者保護の外に置く労基法116条2項の不当性を広く知らせ、また、こうした労働形態を通じて行われる家庭内での介護労働の危険性も明るみ出すことで、女性労働の脆弱さが女性の貧困を生み出している現状に警鐘を鳴らした。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/200268
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205410
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205481
https://www.tokyo-np.co.jp/article/207053

山下葉月 加藤健太(東京新聞)
生活保護の『扶養照会』都内28市区 実施率格差をめぐる報道

記者が支援活動を長期取材して問題のありかを見定めたからこそ実現した調査報道だろう。生活保護の「扶養義務」照会作業について都内の区や市の実施状況を調査し、自治体間に大きな格差があることを突きとめた。扶養照会をした場合でも困窮者本人への金銭援助につながる率はごくわずかで、扶養照会という手続きが形骸化している実態を明るみに出した。厚労省がDVなど「扶養照会が不要なケース」を通知に明記しても自治体の対応は恣意的で一律に親族に通知する対応があるなど、「扶養照会」が生活保護の利用者にとって大きな壁になっている現状を浮かび上がらせた。生活保護の「水際作戦」と闘い続ける支援団体からも高く評価された。

永田豊隆
書籍「妻はサバイバー

貧困問題の優れた取材記事で知られる朝日新聞記者の著者と精神疾患を抱える妻。夫婦2人の20年近くに及ぶ凄絶なルポ。妻の過食と嘔吐の繰り返し、過食の食材費で圧迫される家計、膨らむ借金。妻の感情爆発、精神病院への入退院、大量服薬、リストカット、アルコール依存、認知症の発症…。終わりなく続く介護で、著者の生活は一変し、仕事との両立に苦しみ、妻の回復を切望しつつ、時に、妻との決別をも思う自分との葛藤など、ありのままに語られる事実に圧倒される。

虐待被害者の心のケアの問題、精神障害者の介護を担う家族の孤立や絶望の深さ、その背景にある社会の無理解・無関心・差別・偏見、封じられる当事者の声、それらを助長してきた国の政策の問題など、これらを可視化して社会に提起した意義は極めて大きく、ケアの脱家族化・社会化の必要を痛感する。

「私みたいに苦しむ人を減らしたい」と願う妻と卓越したジャーナリストである著者が、共に苦難を生き抜いてきたからこそ生まれた類い希なるルポであり、深く敬意を表したい。

末並俊司
書籍「マイホーム山谷

2002年、東京山谷に夫婦二人三脚で21室のホスピスを立ち上げた山本雅基氏の栄光と挫折の物語。「かつて福祉が必要な人たちに手を差し伸べていた山本雅基さんは、差し伸べられた手を握る側になった。挫折だらけのその半生を見ていく過程は、私の中に芽生えた興味、つまり山谷に自然発生的に現れた福祉の仕組みを探る過程でもあった 」。本書を記すため10年間年末の炊き出しに通い、週末の3か月間ホスピスでボランティア、別れた妻を探すため1か月間を費やす。著者の真摯な姿勢に更なる活躍を期待したい。

岩井信行 大西咲 細野真孝ほか取材班
NHK『NHKスペシャル』「ヤングケアラー SOSなき若者の叫び」

ヤングケアラーと呼ばれる子どもや若者の生活を映像で見せる衝撃のドキュメンタリー。家族の介護などに追われることで学校での友人づくりも難しい。自分がヤングケアラーだという認識もなく、誰にも相談できない状況。現在ヤングケアラーの子どもだけでなくかつてヤングケアラーだった男性も登場する。介護や家事労働などに追われて学校での勉強や進路など多くのことを犠牲にして、「機会を奪われている」実態がよくわかった。映像メディアで取り扱うには障壁が多かったと想像するが、それだけに訴求力が高く、自分ごととして考えさせる報道になっている点を高く評価したい。

菅原竜太 村瀬史憲(名古屋テレビ)
名古屋テレビ 『テレメンタリー』「働いた。闘った。」

1986年に施行された男女雇用機会均等法ができる前、女性は職場で「差別」される存在だった。正社員として雇用されていても男性社員を支える補助的な存在としてしか認めてもらえない。男性と同じ仕事をしても賃金は3分の1程度。結婚や妊娠すると突然、女性だけ早期退職を迫られる。東海地方の物流会社で能力を認められて働き続けた女性の半生をドキュメンタリーとして綴った。本人が証言する通り、「働いた」ということが文字通り「闘った」につながっていた時代の貴重な記録だ。ジェンダーギャップ指数が156か国中120位で解決すべき問題が残る日本。現在地点を歴史的に照射したテレビ報道の価値は高い。

渋井哲也
書籍「ルポ自殺 生きづらさの先にあるのか」

自殺者は、当事者が死んでしまっているため、「なぜ死にたいと思ったのか」ということを本人から取材することが不可能である。このことが、自殺についての取材の大きな障害となる。本著は、「生きづらさ」を抱えた人たちへの多数の取材を積み上げており、結果として、そのなかから自死する人が出てきてしまうため、結果として多くの自殺者(自殺前の)から話を聞いている。多種多様な自殺の現実と背景とをていねいに叙述している本著は、日本社会の解決すべき課題を突き付けてもいる。貧困と自殺との関連について、さらに深めた議論も、この先に展開されていくのだろうと期待しながら読んだ。

大間千奈美 石田望(NHK)
NHK『Dear にっぽん』「HOME もうひとつの“家族”」

欧米であれば「難民」として認定されるようなケースでも在留資格を認められず「不法滞在」とされる外国人が多い日本。“仮放免”という名称で、働くことも許されず、行動範囲も制限されて、突然施設に強制収容されたり、本国に強制送還されたりする外国人も少なくない。自分の年金収入と寄付金から、そうした人たちに住まいを提供する眞野明美さん(68)の生き方を追った番組。名古屋入管に収容されて体調不良を訴えながら亡くなったスリランカ人ウィシュマさんとも事前に面会した眞野さんがその死を胸に刻み、自らも病気と闘いながらも身寄りのない外国人に徹底して寄り添っている。私たち日本人が何をすべきなのかを静かに問いかけてくる。

【貧困ジャーナリズム特別賞】(順不同)

川和田恵真
映画「マイスモールランド」

この映画は、現在の日本の入管制度や在日外国人の置かれた状況についての問題を正面から描いている。この映画は、幼少時から日本で暮らすクルド人高校生を主人公とすることで、普通の高校生のアルバイトすらできなくなること、日本国内での移動も制限されることなどの理不尽さを多くの観客にわかりやすく伝えることに成功している。外国人が医療や就労から排除されることによって、深刻な貧困状態がつくりだされており、それは日本社会の深刻な汚点である。それをドラマとして映像化し、劇映画として成功させたことは特筆すべきである。すでに多くの賞を受賞している本作であるが、貧困問題を描いた作品としても貧困ジャーナリズム大賞の特別賞にふさわしい。評者は、深い共感の涙とともに鑑賞したことも付記したい。

櫻木みわ
書籍「コークスが燃えている」

別れた恋人との再会、思いがけぬ妊娠に出産を決意するひの子。雇止めも間近な非正規雇用の身とコロナ禍の都会で孤立を深める日々に、授かった命の手ごたえに生きていく肯定感が芽生える。恋人との微妙な温度差や距離感が、女たちのつながりを生み、伸ばした手に励ましや勇気が伝わってくる。ひとりではない。時間と場所を越えた遠く筑豊の女坑夫たちが労苦の中で紡ぎ合ってきた他者とともに生きることの意味が連綿と受け継がれていく。新たな命は得られなかったが、つながった女たちの連帯の中で、ひの子の内なるコークスは熾きはじめる。孤立と貧困の社会の実相の中から、女たちのつながりが希望の焔をもたらす秀作に感謝を。

川上敬二郎 塩田アダム 廣瀬誠ほか取材班
TBS『報道特集』「『円安、物価高で生活困窮者は?』など一連の特集」

コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻による物価高騰で生活苦にあえぐ人たちが増えている。支援団体による食料配付の列は長くなる一方で最近は若者や女性も目立つ。「報道特集」は、非正規で働く人や母子家庭など景気動向に左右されがちな人々への視座を忘れず、当事者目線で伝え続けている。雇い止めで収入がない、携帯電話を止められて仕事探しもできない、バイトの激減で大学生活に支障が出ている学生など、様々な実態を映像でリアルに伝えている。ほかにも教員の過重労働、マスク着用の広がりで口元を読み取れずに新たな困難さに直面する聴覚障害者など、「少数者」への眼差しを忘れない。徹底した現場主義に基づく報道には敬意を表したい

清川卓史(朝日新聞)
朝日新聞「『カードで借金』『母の介護費が』国の貸付、借り切っても苦境」など、コロナ特例貸付、生活保護問題などの一連の報道

コロナ禍で生活に困窮する人が続出したが、生活保護の利用は伸びず、コロナ特例貸付の利用が激増した。記者は、特例貸付を限度額まで借り切った後の人を、早い時期から取材し、苦境から抜け出せない人が多いことに警鐘を鳴らした。その後も、住民税の課税ラインをわずかに上回るボーダー層が、非課税世帯向けの給付も受けられず、特例貸付の返済開始が迫る中で償還免除の対象にもならずに追い詰められている実態や、全国の都道府県社協への調査により免除申請が貸付総数の3割超にのぼることをいち早く明るみに出した。こうした報道により、生活保護の一歩手前の支援制度の欠如、最後の安全網であるはずの生活保護の機能不全といった社会保障制度の構造的欠陥を浮かび上がらせた。ほかにも、ペットと困窮広がる学生向け食料支援困窮世帯に多いヤングケアラー問題など、貧困の実態を様々な角度から社会に伝え、人間の弱さや、現場で力を尽くす人たちに温かい視線を注ぐ報道に、多くの人が励まされてきたことと思う。

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