リーダー不在の日本の不幸(コロナ禍に思う。)

毎日、ニュースはコロナ、コロナ。国の打ち出す「接触8割減」に協力はしながらも、国自身がやるべきことに迅速に手を打てていないことに歯がゆさが募る。
ドイツのメルケル、韓国の文在寅、台湾の陳時中(総統は蔡英文)。コロナを押さえ込んでいる国には明確なリーダーか、リーダーがその役割を担当しない場合には適切な人物を配して、必要な権限を委ねてコロナ対策に集中させている。

かたや、日本の首相は、家でゴロゴロしているか、記者会見を開いても、官僚に作らせた原稿を棒読みだ(プロンプターを使って、読み方はくさい芝居だ。)。能力のある者に権限を委ねるでもなく、専門家会議の見解垂れ流しで、政治がすべき判断は、場当たり的だ。

3密が危険で、それに関する業種に休業を要請するなら、補償はセットだ。
生活に不安がある人には支援を、学校休校するならそれから生じる問題を直ちに情報収集して対応をすべきは当然。実態を調べてそれに応じた手をうつ気があればいくらでもやれることだ。

他方、公的医療機関を削減し、医療費を抑制してきた結果、医療機関は感染症対応に全く余裕がない状態だ。軽症者の受入施設の確保や感染病床の確保、医療機関に不足しているマスク、消毒薬や防護服も迅速に手を打つべきであっただろう。全部後手後手。

昔「ベンチがあほやから野球がでけへん。」と怒っていたプロ野球選手がいたが、まじめで清潔好きの国民が政府の要請にもよく応じているのに、政府が馬鹿だから、医療崩壊が起こる。これは結局経済の崩壊にもつながる。「政府があほやから日本が潰れる」ことになりかねない。

弁護士 髙木 太郎

image_printこのページを印刷
シェアをお願いいたします。
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次