以前の記事でも紹介しましたが、昨年、私が担当する刑事事件で無罪判決を獲得しました。
その後、検察官の控訴もなく無罪が確定しましたが、それで仕事が終わるわけではありません。
刑事事件で無罪判決が確定した場合、国に対し一定の金銭補償を求めることができます。最近では、いわゆる袴田事件再審無罪判決が確定した際の刑事補償請求額が話題となりました。
袴田巌さんに約2億円の刑事補償支払いへ 静岡地裁決定 過去最高額
2025年3月25日 11時08分
https://www.asahi.com/articles/AST3T0HY6T3TUTPB00MM.html
私が無罪判決を獲得した事件でも、判決確定後の補償請求も担当したため、メモ書き程度に記事を書きたいと思います。詳細は別記事にしたいと思いますが、なかなか実務上経験しない請求だと思いますので、今回はカジュアルに経験等を共有したいと思います。
【そもそもどんな補償請求ができるの?】
刑事事件で無罪が確定した場合の補償請求は①刑事補償請求、②費用補償請求の2種類があります。
①は未決勾留の長さに応じた補償がされます。要は、警察に捕まっていた方が無罪になった場合に、国に対し補償請求をすることができます。
(参照)
刑事補償法第1条1項
刑事訴訟法による通常手続…において無罪の裁判を受けた者が同法…によって未決の抑留又は拘禁を受けた場合には、その者は、国に対して、抑留又は拘禁による補償を請求することができる。
日本国憲法第40条
何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。
(引用終わり)
②は、弁護士費用など刑事裁判に要した費用の補償を国に対し求めるものです。
(参照)刑事訴訟法第188条の2第1項
無罪の判決が確定したときは、国は、当該事件の被告人であつた者に対し、その裁判に要した費用の補償をする。
(引用終わり)
【国選弁護と私選弁護での違い】
①刑事補償請求は身体拘束の長さに応じた補償ですから、国選であれ私選であれ、事件を通じて逮捕・勾留がされた事件であれば補償請求をすることができます。他方②費用補償請求の場合は、国選弁護の場合、費用は(不十分ながら)法テラスが負担するため、費用補償請求をすることができません。
私の場合は私選弁護の事件であったため、上記①と②の両方を請求することになりました。
【請求期限】
①刑事補償請求は無罪判決確定日から3年間、②費用補償請求は無罪判決確定日から6か月以内に請求しなければいけません。短い方の6か月に合わせて二つの請求をするケースが多いようです。
私も例に漏れず、6か月の期限内に両請求をしました。
【請求先】
無罪を言い渡した係属部に対して請求をすることになります。私の場合は、東京地裁の事件でしたので、東京地裁の係属部に対して補償請求をしました。
【請求をしてから決定がされるまでの期間】
請求書が受理されたのち、1週間ほどで請求人と請求人代理人宛に裁判所からの求意見が届きます。もっとも、述べる意見は事前に請求書に書いてあると思いますので、「刑事補償請求申立書記載のとおり」の欄にチェックを入れて返送すればOKです。
事件の内容によってばらつきがあるみたいですが、私の場合、請求をしてから2か月ほど、疎明資料提出が完了してから2週間ほどで決定が出ました。
ただ、事件の内容によっては、決定が出るまでかなり時間を要するケースもあるみたいです。私の担当した事件は複雑事案ではなかったため2か月で済みましたが、長い場合、決定が出るまで1年くらいは覚悟してもらった方がいいかもしれません。
【注意点】
請求の手続きをしてみて、いくつか注意する点があることに気づきましたので、共有します。
(期限が意外とシビア)
上述のとおり、②費用補償請求は6か月以内に請求しなければいけないので、①刑事補償請求の3年間の期限と比べると極端に短いです。しかも、無罪を獲得して安心して、他の仕事にも追われていたりもすると、6か月はあっという間に経ってしまいます。安心も束の間、なるべく早く請求に着手できるようにしましょう。
(必要書類が多い)
請求の代理をするには依頼者(被告人であった者)から委任状をもらう必要がありますが、①刑事補償請求と②費用補償請求では別の委任状が必要なので、請求時には委任状が2通必要です。また、補償額が決定し、その補償金を受け取る際にも委任状が請求毎に必要なので、このときも2通の委任状が必要です。
よって、計4通委任状を揃えておく必要があります。
また、①刑事補償請求と②費用補償請求ともに、請求額の根拠を疎明資料とともに示さないといけないため、その疎明資料の収集(記録謄写代の領収書、裁判所までの交通費明細など)も意外と面倒です。疎明資料の追完はできるようなので、先に請求書だけ出してしまうのも手ですが、資料収集は余裕を持ってやるようにしましょう。
(認容額もシビア)
①刑事補償請求の場合、身体拘束の日一日あたり最大12,500円の補償がされます。補償額は、被告人であった者の就労状況などに応じて決められます。そのため、被告人であった者の当時の給与明細等を収集して疎明資料として提出する必要があります。ただ、私の担当したケースの場合は、依頼者が就労していたことが一件記録から明らかであったことからか、給与明細等の疎明資料は出さずとも満額の12,500円で算定をしてもらえました。
ただ、身体拘束の長さに応じた補償なので、在宅事件のケースや公判請求後まもなく保釈許可がされているケースなどでは、補償額が低廉になる傾向があります。私が担当したケースでは、勾留請求却下後に在宅事件となったため、結果的に補償額はそれほど大きくありませんでした。冒頭に紹介した袴田事件再審無罪判決は、袴田巌さんが信じがたい長期間に及ぶ不当な身体拘束を受けていたからこその認容額だったと言えるでしょう。
物価高が進む世の中で、一日最大12,500円の補償で足りるのか、という議論もあるところです。長年据え置かれている基準であるため、現在でもその妥当性が問題になります。
②費用補償請求の場合、刑訴法188条の6により、補償される費用の範囲は、旅費・日当及び弁護士費用等に限るとされています。そのため、弁護士に支払った弁護士費用についてそのまま国に請求できるかというと、そうではありません。弁護士費用の算定に当たっては、国選弁護人に支払われる基準によることが実務上固まりつつあります。ところが、この国選弁護人に支払われる報酬基準というのは、非常に低廉であり、その金額設定には多くの批判があるところです。当然のことながら、実際に私選弁護人に支払う弁護士費用とは大きな乖離があるのが通常です。そのため、費用補償がされるとしても、実際に支払うことになる弁護士費用の一部のみになってしまいます。残念ながら、私選弁護人の費用が相当安くない限り、弁護士費用全部がカバーされるということはないでしょう。
この点については、私自身、憤りというか、強い違和感を持つところです。国家刑罰権の行使という最も誤ってはいけない場面で無罪の言渡しがされている以上、それによって被告人であった者が負担した費用等については全額補償がされるべきであると考えます。刑事訴訟法の逐条解説を読んでも、執筆担当の裁判官が何らの理由も示さずに、法テラスと同じ基準(=国選弁護人報酬基準)によって算定すべきである、と断じているのを見ると、実際の冤罪当事者がどれだけ大変な思いをしているのかわかっていないのではないかと、非常に疑問を感じます。そもそも、費用補償を国選弁護人基準にすると補償が十分にされないのではないか、国選弁護人基準が非常に低廉であること自体は、立法当初から指摘されていたことです。
しょうがない面はあるものの、このような算定を実務慣行にしてはいけないなと感じているところです。
(求意見は代理人だけでなく、請求人本人にも届く)
裁判所が決定をする際に求意見をしますが、これは請求人代理人だけでなく請求人本人宛にも届きます。依頼者からしたら、弁護士さんに任せているのに急に裁判所から書類が届いてギョッとすることもあるかもしれません。
もっとも求意見に対する回答は難しいものではなく、またこちらの言い分は請求書に書いてあるとおりでしょうから、「請求書記載のとおり」とすれば大丈夫です。
依頼者には事前に、「裁判所から書類が届きますが、『請求書のとおり』にチェックしてくださいね~」と教示しておく必要があります。
【まとめ】
このように、意外と手続きが面倒であることが分かりました。弁護士でない依頼者ご本人だけでこの手続を完遂するのは至難の業でしょう。無罪を獲得した後も、弁護士の仕事は終わらないと実感しました。
この記事を読まれた方で、無罪判決に接した方は、ぜひ、弁護士に相談しながら補償請求をするようにしましょう。


