サイレンススズカ(弁護士 伊須 慎一郎)

第90回日本ダービーは、2番人気のスキルヴィングが、本来の走りを見せることなく、17着で入選後、コース上で倒れ、急性心不全で亡くなった。

1998年秋の天皇賞で、左前脚の粉砕骨折でレースを中止し、その後、安楽死の処置が取られたサイレンススズカを思い出した。記憶だと、あの時、武豊騎手が騎乗したサイレンススズカは、外ラチ沿いを鬼気迫る返し馬をしていた。これから大変なことが起きるのではないかと感じた。1000メートル通過、57秒台。このまま、このスピードで走り切れば、2000メートル1分55秒台、とんでもない記録になる。本当にとんでもないことが起こると思った刹那、サイレンススズカはレースを中止した。武豊騎手が、あと数百メートル走らせたかったと回顧した。サラブレットにとってわずか数十秒が永遠の彼方にあった。サラブレットの限界を超えた走りだった。

サラブレットは速く走るために産み出された。サイレンススズカも、スキルヴィングも使命を全うした。
忙しさにかまけて、私は使命を全うできているのか。ふと考えた。

弁護士 伊須 慎一郎 

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