お知らせコラム-猪股正弁護士総合ニュース

首都圏避難者実態調査に基づく復興庁申入れ/6.19付け要望書提出

原発事故から9年となる2020年3月11日に向けてアンケートによる首都圏避難者実態調査を実施し、コロナ禍で公表が遅れましたが、6月19日、要望書を復興庁に提出し、その後、記者発表を行いました。

実態調査は、今回で9回目となりますが、避難者の方の高いストレス状態が9年がたった今でも継続しており、約4割の方がPTSD(心的外傷後ストレス障害)である可能性があり、約2割の方が抑うつ不安障害、約1割の方が今すぐ医療的支援を必要とする状態であるという結果となっています。原発避難者支援に真摯に向き合い続けることと、コロナの危機にあたり災害に強い、人間を支える社会を構築することは、同じ問題だ思います。

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10項目の要望事項からなる「引き続く原発避難者の苦難を直視した継続的かつ実効的支援を求める要望書」 は、以下のとおりです。なお、PDFファイルはこちら→①集計結果 ②要望書

目次

引き続く原発避難者の苦難を直視した継続的かつ実効的支援を求める要望書

2020年6月19日

震災支援ネットワーク埼玉(SSN)代表:猪股正(弁護士)
早稲田大学災害復興医療人類学研究所(WIMA)所長・教授:辻内琢也(医師)

第1 要望の趣旨

原発事故から9年が経過した今もなお、原発事故の区域内避難者及び区 域外避難者ともに、甚大な精神的苦痛が持続している事実を真摯に受けとめ、社会全体で、避難者の苦難を共有し、苦痛をなくしていく努力を、今後も永く積み重ねることを国として宣明した上で、以下の継続的かつ実効的支援を行うことを求める。

1 健康状態悪化に対する支援

避難生活が長期化する中で、避難者の健康状態が悪化している現状に対応するため、

(1) 医療・介護保険等の保険料・窓口負担(利用者負担)の減免措置の打切方針を見直し、減免措置を再開、継続すること

(2) 避難元自治体と避難先自治体との連携により、避難者に対する医療・介護等の福祉サービスの提供体制を強化するめ、

ア 避難者が避難先自治体でも避難元と同等に市民サービスを受けることができるように避難元自治体をサポートすること

イ 避難生活を継続せざるを得ない状況で避難先に住民票を移していなくとも、避難先で市民サービスを受けることができるということを改めて徹底すること

ウ リスクの高い避難者情報を避難先自治体と共有し、避難先の地域包括支援センターなどが中心となって、避難先市民と同等のサービスを受けられるように体制を組むこと

(3) 民間支援団体による心理的・社会的サポート充実に向けた助成の継続

2 家族喪失に対する支援

家族を喪失した遺族の喪失悲嘆の軽減を図り、震災関連死・関連自殺の連鎖を防止するため、避難者の申請を待つことなく、国及び福島県の責任において、震災関連死の状況を積極的に調査して申請を支援し、震災関連死の認定基準を緩和して認定を拡大し、遺族に対する災害弔意金の速やかな交付を行うこと

3 経済的困難に対する支援

失業状態の継続、生活費の不足など、経済的困難に陥っている避難者が多いことから、

(1) 従前の就労支援策の問題点を検証の上、避難先において避難者の従前のキャリアを活かせる就労機会の提供等の実効的な就労支援策の実施

(2) 従前、農業を営んできた避難者に対し、経済的支援及び生きがい創出の観点から、田畑の無料貸与(賃貸料を県や自治体が負担)を行うこと

(3) 避難先自治体の行政職員、社会福祉協議会職員等との連携、戸別訪問等により、生活困窮者を早期に発見して必要な生活支援を行うこと

4 住宅支援の再開と継続

(1) 現在、なお、借り上げ住宅に居住している避難者に対しては、借り上げ住宅を、そのまま「借り上げ復興公営住宅(仮称)」とすることで、同じ住環境に住み続けるようにすること

(2) それ以外の避難者に対しては、家賃補助の再開、公営住宅に単身世帯でも入居できるよう入居要件を緩和すること、民間住宅を公営住宅とみなして入居できるようにすること

5 公的支援に担保された長期避難を継続する権利の実質的保障

(1) 原発事故子ども・被災者支援法の基本理念に立ち返り、避難者が、住宅支援・経済的支援・雇用支援など、避難先での生活に対する十分な支援が継続的に受けられるような制度を整え、避難者に対し、長期避難を継続する権利を実質的に保障すること

(2) 避難者に対する偏見や差別解消のため、区域外避難者も含め、長期避難が正当な権利の行使であるという理解が社会的に共有されるようにすること

6 地元および避難先地域におけるコミュニティ育成のサポート

避難者がふるさとで築いてきたコミュニティとの繋がりを喪失し、避難先で希薄化した人間関係のもとで生活せざるを得ない状況におかれていることから、

(1) 避難先での生活を潤滑に送ることができるように、避難先自治体の公的サービスを速やかに受けられるように、地元自治体と避難先自治体との連携を強化し、関連部署(県外避難者支援課等)の機能を強化すること

(2) 全国各地の民間支援団体が、新たなコミュニティ育成のために地元の人びとが集う交流会やイベント、さらには避難先地域住民との関係性を構築するための企画を進めるため、避難者支援を行う民間支援団体への助成等の公的支援の充実・継続

7 ふるさと喪失にも対応した速やかで十分な損害の回復

(1)消滅時効期間の延長

(2)未請求者・未請求項目に対する国による調査及び損害の填補

(3)責任の所在の明確化による苦痛の軽減、不十分な賠償水準の底上げ

(4)ふるさと喪失慰謝料の拡大

8 地元不動産の固定資産税負担等への適切な対応

9 当事者参加の独立機関の設置による10年の検証と支援プログラムの策定

10 コロナ危機にも対応した普遍的な社会保障制度の構築と原発避難者の苦難に向き合う社会への転換

第2 要望の理由

1 アンケート調査・分析の実施について

原発事故後9年が経過する2020年3月11日が到来するに際し、2019年12月から2020年3月、福島県内の7自治体(双葉町・大熊町・浪江町、富岡町・いわき市・川内村・福島市・郡山市)の協力を得て、上記7自治体の住民のうち、首都圏(関東1都6県)に避難中のすべての世帯を対象に、アンケート実態調査を行い、合計5925件送付のうち、3月5日までに回収された先行400件の分析を行った。

私たちは、原発事故の翌年の2012年から2018年まで、8回にわたって同様のアンケート調査を行ってきたが、今回の調査はこれに続くものである。

本要望書は、今回の調査結果に基づき、また、それ以前の連続調査の結果も踏まえ、引き続く原発避難者の苦難を直視した継続的かつ実効的支援を求めるものである。

2 原発避難者の深刻かつ危機的な状況とその要因

(1) 避難者の深刻かつ危機的な状況

ア 今回の調査でも明らかになった高いストレス状態

原発事故から9年が経過した現在においても、原発避難者は、極めて高いストレス状態のなかで生活することを余儀なくされ続けている現状が明らかになった(2019年度SSN/WIMA原発事故被害アンケート調査・第5報改訂版(以下「本件調査報告書」という)、p.5-9)。

本調査では、PTSD症状の強さを測定する「改訂出来事インパクト尺度(IES-R)」において、PTSDの可能性があるとされる25点以上の者が41.1%に及んでいる。また、「気分・不安障害調査票(K6)」では、社会機能に障害が生じる抑うつ・不安レベルとされる13点以上の者が18.1%、福島県立医大が支援を行う基準として設定している17点以上の者が9.9%となっている。

イ ストレスの高止まりが持続する状況

2012年からの推移をみると、IES-R:25点以上の者の割合は、2012年:67.3%、2013年:59.6%、2014年:57.7%、2015年:41.0%、2016年:37.7%、2017年:46.8%であり、2015年以降は約4割の避難者がPTSDの可能性がある程の高いストレス状態での生活を続けていることがわかる。また、K6の調査を開始した2016年以降の13点以上の者の割合は、2016年:20.8%、2017年:21.7%、2018年:21.2%という結果であり、約2割の避難者が依然として抑うつ・不安障害を抱えていることが理解できる。

ウ 数値が示す深刻かつ危機的な状況

PTSD症状として、侵入症状(フラッシュバック等)、回避症状(ストレス源を無意識的に避ける行動等)、過覚醒症状(神経過敏・不眠等)を抱えながらも、4割の避難者の約半数はなんとか日常生活を送れている可能性はある。

しかし、K6:13点以上と判定された約2割の避難者は、抑うつ・不安状態が強いため、何らの生活上の支障をきたしている恐れがある。

さらにK6:17点以上の約1割の避難者は、今すぐにでも何等かの医療的対応が必要とされる重症な精神状態だと考えられる。

実際に、本調査で『電話での相談を希望する』、あるいは『復興支援員の訪問を希望する』という項目にチェックを入れて連絡先を明記してきた避難者が46名(3月5日集計時点)であった。このチェックは、現在の生活で解決しがたい様々な苦悩を抱えている人たちのSOSだと考えられ、震災支援ネットワーク埼玉(SSN)では速やかな心理的・社会的・法的支援を開始している。400名の回答者のうち46名ということは、10%を超える人が具体的なSOSを挙げていることになり、気分・不安障害調査票(K6)で医療的なケアが必要と考えられる17点以上の者が約10%いたこととあわせて推定すると、アンケートに回答していない者も含めて首都圏避難者約4000世帯のうち、約400世帯が何等かの支援を必要としている危機的な状況であることが推測できる。

(2) 高いストレス状態の要因-人為災害、その他の複合的要因

国際的なストレス研究では、PTSD発症率は自然災害よりも人為災害の方が高いことが明らかになっている。

先行研究によると、PTSD症状が長期にわたって持続する理由として、人為災害の被害者に対する十分な救済が行われずに不透明な状況が長引いていることや、企業の法的責任が問われなかったこと、そして身体的な健康問題の増悪と生活全般の支障が持続していることが挙げられ、身体的・心理的・社会的・経済的な複合要因が指摘されている。

今年度の調査のデータ分析においても、PTSD症状(IES-R)や抑うつ・不安障害(K6)に、次のような要因が関連していることが統計学的に明らかになっている。

①健康状態、②経済状況、③就労状況、④住宅環境、⑤住宅支援の打ち切り、⑥原発賠償の状況、⑦帰還をめぐる状況、⑧ふるさと喪失、⑨原発再稼働状況、⑩相談者の不在、⑪避難先近隣関係の問題、⑫地元の人びととの関係の問題、⑬避難者に対する偏見・差別やいじめ、⑭家族関係の悪化である。これらの身体的・心理的・社会的・経済的な複合要因によって、高いストレス状態が長期にわたって続いているものと考えられる。

(3) 引き続く原発避難者の苦難を直視した国の基本方針の明確化

このように、原発事故から9年が経過した今もなお、原発事故の区域内避難者及び区域外避難者ともに、甚大な精神的苦痛が持続していることから、国に対し、この事実を直視して真摯に受けとめ、社会全体で、避難者の苦難を共有し、苦痛をなくしていく努力を、今後も永く積み重ねることを国の基本方針として確認し、原発避難者に持続する被害が風化することのないよう明確な社会的なメッセージを発すべきである。

その上で、上記の複合要因のうち、主要な要因を踏まえた以下の継続的かつ実効的支援を行うことを求める。

3 健康状態の悪化に対する支援

(1) 健康状態の悪化・介護率の上昇に対する、国による減免措置の「見直し」

今回の調査(本件調査報告書p.35-36)において、身体疾患のうち「持病の悪化」が認められた者が46.1%、「震災後に新たな疾患を患った」者が62.6%おり、「医療費の負担を感じている」者が31%いることが確認された。

震災支援ネットワーク埼玉(SSN)の電話相談においても、自然の恵みと密着した福島での生活習慣が首都圏避難により大きく変化したこと、住環境の悪化、人間関係の喪失と悪化、生業の喪失、生きがいの喪失等に高齢化が重なったことによる健康状態の悪化が広く認められている。また、介護が必要となる避難者の増加も認められ、医療費補助の打ち切りによる苦悩が多数訴えられている。健康状態の悪化や介護率の上昇は、震災・原発事故による影響が強いと考えられる。

ところが、国は、医療・介護保険等の保険料・窓口負担(利用者負担)の減免措置を縮小してきている。2019年12月20日に閣議決定した「『復興・創生期間』後における東日本大震災からの復興の基本方針」においても、減免措置継続の「見直し」方針を決定しており、このままでは原発避難者の健康状態の悪化には対応できない。

(2) 避難元自治体と避難先自治体の連携不足による支援の壁

避難者の所在を把握するための「全国避難者情報システム」は十分に 機能しておらず、また、避難元自治体と避難先自治体の連携が不十分であるため、避難者が避難先で必要な行政サービスを受けられないことが、健康悪化の一要因となっている。

避難元自治体は、ほぼ正確に住民の避難先住所を把握している。これは避難者が健康保険、介護保険などの行政サービス、さらにはこれらに加えて高速道路などの減免措置、さらには東京電力への損害賠償請求を行うにあたって必要であることから、避難者が避難先住所を都度避難元自治体に届け出るようにしているからである。これに対し、避難先自治体は、「全国避難者情報システム」も十分機能していないことなどから、避難者の所在を把握しきれていない。

このように避難元と避難先の自治体連携が不十分なために、避難者の高齢化が進む中、要介護認定などに関する事務や養護老人ホーム等への入所措置に関する事務に関して、避難先自治体でサービスを受けられることを避難者が知らないということも依然として多い状況である。そのために、例えば、仕事を抱えながら親の介護で生活が困窮するといった事態が生じている。

(3) 減免措置を再開・継続、避難元・避難先自治体の連携強化

そこで、国及び福島県に対し、次の諸方策の実施を求める。

ア 医療・介護保険等の保険料・窓口負担(利用者負担)の減免措置の打切方針を見直し、減免措置を再開、継続すること

イ 避難元自治体と避難先自治体との連携により、避難者に対する医療・介護等の福祉サービスの提供体制を強化するため、

・ 避難者が避難先自治体でも避難元と同等に市民サービスを受けることができるように避難元自治体をサポートすること

・ 避難生活を継続せざるを得ない状況で避難先に住民票を移していなくとも、避難先で市民サービスを受けることができるということを改めて徹底すること

・ リスクの高い避難者情報を避難先自治体と共有し、避難先の地域包括支援センターなどが中心となって、避難先市民と同等のサービスを受けられるように体制を組むこと

ウ 民間支援団体による心理的・社会的サポート充実に向けた助成の継続

 4 家族喪失への支援

(1) 震災関連死の増加

今回の調査結果(本件調査報告書p.3)からは、13.9%の方たちが『家族を失った』と回答しており、その理由として「震災関連死」が73.7%、「津波」が10.5%、「地震」が1.8%、「その他」14.0%であることが明らかになった。2015年調査では、家族を失ったと回答した者は9.4%であり、年々増加していることがわかる。しかも、今回の調査では、家族を失った理由の約4分の3が震災関連死だと捉えられていることがわかった。

長期化する避難によるストレスに、高齢化が重なり、震災関連死が今後も増加していくものと考えられる。福島県被災自治体において介護が必要となる人数が急増し、介護保険料が他県と比較して軒並み上昇している事実も、震災および原発事故に関連した健康状態の悪化による震災関連死の増加を推認させる。

(2) 震災関連死認定支援の必要性

原発事故が発生した福島県の震災関連死は、2019年度に新たに32人が認定され、累計で2304人となり、次に多い宮城県の928人を大きく上回っている。死亡から数年経って申請される場合もあり、孤独死などで申請がない場合もあるとされ、また、認定される割合(認定率)は2011年度に90.7%だったが、18年度に55.8%まで低下している(2020年3月10日朝日新聞記事)。

原発事故避難による高いストレス状態が持続し、家族を喪失して悲嘆している遺族が自ら震災関連死の認定申請をすることは容易ではなく、また、原発事故からの時間の経過により因果関係の証明も困難となってきている。

(3) 震災関連死の調査、認定の拡大

そこで、家族を喪失した遺族の喪失悲嘆の軽減を図り、震災関連死・  関連自殺の連鎖を防止するため、避難者の申請を待つことなく、国及び福島県の責任において、震災関連死の状況を積極的に調査して申請を支援し、震災関連死の認定基準を緩和して認定を拡大し、遺族に対する災害弔意金の速やかな交付を行うことを求める。

5 経済的困難への支援

(1) 経済的困難の状況

今回の調査(本件調査報告書p.10)では、『現在の経済状況』が、「とても困っている」が12.2%、「少し困っている」が31.6%、あわせて4割以上であった。2015年調査では、「とても困っている」が18.8%、「少し困っている」が42.0%で、あわせて6割の人びとが経済的困難を示していたという結果と比較すると、若干は軽減されているものの、未だに多くの避難者が経済的困難に陥っている。

(2) 失業状態の継続、従前のキャリアを活かせない状況

『現在の失業』(本件調査報告書p.13)について質問したところ、36.5%が「失業中(定年退職は除く)」と回答しており、失業理由として「自営業を再開できない、年齢の条件が合わない、病気を患っている、働く意欲がわかない」などの回答が多く認められた。

震災支援ネットワーク埼玉(SSN)の日頃の活動によるヒアリングでも、福島の地元で何十年も続けてきた生業が絶たれたり、特に40代・50代の働き盛りの男性が避難先で新たな仕事を得られなかったりする例が目立っている。正職員としての採用がなく、警備員・清掃員・倉庫の仕分け作業など、これまでの仕事のキャリアが全く活かされない職にしか就けていない実態がみられる。

(3) 避難先における実効的な就労支援

職業の喪失は、生活における経済的困難だけでなく、生きがいの喪失 にもつながる。逆に、仕事を通して他者のためになっているという実感は、自己肯定感を高め、ストレスの軽減に大きく寄与する。

そこで、従前の就労支援策の問題点を検証の上、避難先において、新たな職種に正職員として採用されるチャンスを増やすためにも、パソコン、簿記などのビジネススキル、介護福祉・医療事務やマンション管理士などの専門スキル等々、無料で資格取得できる機会を提供するなど、各人のこれまでのキャリアを活かした実効的な就労支援の提供を要望する。

また、従前、農業を営んできた避難者に対し、経済的支援のみならず生きがい創出の観点から、田畑の無料貸与(賃貸料を県や自治体が負担)を行うことを求める。

(4) 連携等による生活困窮者の早期発見と支援

また、孤独死等を防止するため、避難先自治体の行政職員、社会福祉協議会職員等との連携、戸別訪問等により、生活困窮者を早期に発見して必要な生活支援を行うことも重要である。

 6 住宅支援の再開と継続

(1) 住居の不安定が続いている状況

今回の調査(本件調査報告書p.14)では、『現在住んでいる住宅』の65.6%が「持ち家」、14.4%が「借り上げ住宅」、1.8%が「間借り」、14.4%が「その他」であった。この結果は、約35%の避難者が安定した住居を得られていないことを示していると考えられる。私たちが2016年に行った調査でも、福島の地元の持ち家率が約85%であり、残りの15%の人びとは賃貸住宅に居住していたことが明らかになっている。

原発事故前に賃貸住宅に居住していた約15%の避難者に対しては、所有物件取得のための賠償金までは支払われず、住居が不安定となる場合が少なくないことから、国や県による避難先における住宅の支援が重要である。

(2) 住宅支援の打切りによる打撃

区域外避難者はもとより、区域内避難者への住宅支援も打ち切られて いっており、2020年3月には、双葉町と大熊町を除く帰還困難区域からの避難者に対する住宅の無償提供が終了した。地元の復興住宅への転居も含めて「帰還」以外の選択肢が絶たれている状況があると言わざるを得ない。

今年度の調査(本件調査報告書p.18)でも、『住宅支援の打ち切りについて』、「とても困っている」が25.1%、「少し困っている」が20.4%であり、あわせて約45%の方たちが住宅支援の打ち切りで困っている状況が確認された。

SSNに寄せられる電話相談でも、住宅補助の打ち切りが生活に大きなダメージを与えている実態が認められている。

(3) 住宅支援を再開し継続すること

「居住は基本的人権(housing is a human rights)」と言われ、住居は人間の生活を支える基盤である。また、さまざまな理由から、帰還できない世帯が数多くいる。県や市町村自治体として、子育て終了や放射線量の低減などによる10年後20年後の将来的な住民の帰還を確保するためにも、避難先における住宅支援を継続し、福島県や地元自治体との密接な関係性を維持することが重要である。

そこで、現在、なお、借り上げ住宅に居住している避難者に対しては、当初、首都圏においても復興住宅の建設が強く求められていたにも関わらず、建設が認められなかった経緯も考慮し、借り上げ住宅を、そのまま「借り上げ復興公営住宅(仮称)」とすることで、同じ住環境に住み続けるようにすることを求める。また、それ以外の避難者に対しては、家賃補助の再開、公営住宅に単身世帯でも入居できるよう入居要件を緩和すること、民間住宅を公営住宅とみなして入居できるようにすることなどの諸施策を求める。

7 公的支援に担保された長期避難を継続する権利の実質的保障

(1) 帰還に関する避難者の意向

今回の調査対象である首都圏避難者のうち、「避難を継続中」が67.5%、「すでに移住した」が31.2%、「すでに地元に帰還した」が1.3%であった(本件調査報告書p.26)。また、避難指示解除後の世帯の方針について尋ねたところ、「当面は避難を続ける」が34.5%、「移住する」が32.9%、「決めていない」が21.3%であった(同p.29)。この結果は、3分の1の世帯が避難継続を希望していることを意味している。これは、翻せば3分の1の世帯が、いつかは帰還することも念頭に入れていることも示していると考えられる。

『帰還しない理由』(同p.26)として多かったのは、「生活環境が整わない、放射線量が安全ではない、友人がいない」の3つが多く、また、『帰還のために重視する条件』(同p.27)として、「放射線量の低下、医療福祉サービスの再開、ライフラインの整備、公共施設や交通機関の整備、商店や商業施設の再開」を挙げている者が多い。

注目すべきポイントとして、『戻ってもよい放射線の水準』(同p.27)の回答が、「追加被ばく年0mSV」が最も多く41.8%、「追加被ばく年1mSV以下」が18.8%、「追加被ばく年5mSV以下」が6.1%、「追加被ばく20mSV未満」が7.1%であったことである。国は、これまで、福島県内の帰還困難区域に出されている避難指示を解除して帰還できる基準として、除染を行い年間の放射線量が確実に20mSV未満となることなどを挙げてきたが、住民たちの多くが帰還してもよいと考えている基準が、国が決める基準と大きくかけ離れていることが示されている。

(2) 住宅支援・経済的支援・雇用支援による長期避難する権利の保障

原発事故子ども・被災者支援法も「支援対象地域における居住、他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない。」との基本理念を定めており(2条3項)、上記のとおり、多くの住民が、国の基準で避難指示が解除されたとしても、帰還できないと判断しているのであって、1人ひとりの住民の選択が尊重されなければならない。

しかるに、公的援助による地元の住宅解体期限の設定、避難指示解除後の住宅支援の打切り等の諸支援策の縮小・打切りは、現段階で「帰還するか、しないか」という人生の大決断を、事実上、住民に迫るものであり、高いストレス状況にある被災者にとって極めて過酷な選択を強いるものであるから、“帰還の選択を保留する選択肢”を実質的に認める必要がある。

また、後記8⑴のとおり、避難者に対する差別や偏見があり、そのことが避難者が孤立する要因となっているが、偏見や差別のもととなっている社会通念、「避難する必要性がないのに避難を続けている」というレッテルを強化しているのは、帰還を優先させる国や県の制度や姿勢であると考えられる。区域外避難者も含めて、原発事故による長期避難の正当性、すなわち、「長期避難を継続するが権利」が制度として公的に認められれば、避難者が避難先で肩身の狭い思いをする機会が減少すると考えられる。

そこで、原発事故子ども・被災者支援法の基本理念に立ち返り、避難者が、住宅支援・経済的支援・雇用支援など、避難先での生活に対する十分な支援が継続的に受けられるような制度を整え、避難者に対し、長期避難を継続する権利を実質的に保障するとともに、避難者に対する偏見や差別解消のため、区域外避難者も含め、長期避難が正当な権利の行使であるという理解が社会的に共有されるよう努めるべきである。

(3) 除染なき避難指示解除方針への転換の問題性

また、最近の報道によれば、国は、年間の放射線量が自然に減少して20mSV未満になることや今後住民が居住しないことなどを要件に、除染をせずに帰還困難区域の避難指示を解除する方針を検討している。

しかし、今回の調査に示されているとおり、避難者の6割は、あくまでも追加被ばく年間0〜1mSVが帰還してもよい放射線量であると考えており、このデータは2015年調査でもほぼ同じ結果が得られており、避難者の意向を無視した方針変更を行うべきではない。

8 地元および避難先地域におけるコミュニティ育成のサポート

(1) 避難による人間関係の喪失、避難者に対する差別・偏見による孤立

ア 避難者であることによる嫌な経験、いじめ

今回の調査(本件調査報告書p.40)で、『避難者であることで嫌な経験をしたことがありますか?』という質問に、「よくある」8.4%、「少しある」37.6%と、あわせて半数近い者が、避難者であるということによる嫌な経験をしている。また、『お子さんがいじめにあったことがありますか?』(同p.49)という設問に、16.7%が「はい」と回答している。

イ 賠償金、放射能に関連する原発避難者への偏見・差別

私たちは、2017年に、『子どもの原発避難いじめと大人社会のいじめ』について詳細な調査を行った。その調査においても、『子どもが原発避難を理由に学校でいじめを受けたことがある』に「はい」と回答した者が約7%で、『原発避難に関連することで、心ない言葉をかけられたり、精神的な苦痛を感じることをされたりしたことがありますか?』という設問に約46%の者が「はい」と回答していた。この2017年の調査からは、マスコミの注目度が高かった子ども社会のいじめの背景には、大人社会の原発避難に対する偏見や差別が広がっていることが確認された。さらに、大人社会の偏見や差別は、83%が「賠償金に関すること」、37%が「放射能に関すること」と関連していることが明らかになっている。

ウ 避難者であることを隠す生活

また、今年度の調査(本件調査報告書p.40)では、『避難のことを避難先の地域の人に話すことに抵抗がありますか?』という設問に対して、「よくある」が24.7%、「少しある」が18.1%と、あわせて4割以上の者が「抵抗がある」と回答している。これらのデータは、避難先で嫌な経験を避けるために、避難者であることを隠して生活している者が多数いることを示している。

エ 孤独・孤立

『自分が独りだと感じることがありますか?』(本件調査報告書p.42)という設問には、「とてもそう思う」が13.7%、「ややそう思う」が25.3%で、あわせて約4割の避難者が孤独感を抱えており、また、『ご自分の家庭が近所から孤立していると感じますか?』(同p.42)という設問には、「とてもそう思う」が5.6%、「ややそう思う」が17.2%と2割以上の家庭が孤立感を抱えていることも今年度の調査で判明した。これらの孤独・孤立の背景には、次に示す調査結果に認められるような人間関係の喪失があると考えられる。

オ 避難先、地元や親族との人間関係の喪失

『現在居住する地域の友人知人との付き合い』(本件調査報告書p.37)は、「全くない」が14.9%、「滅多にない」が23.0%、あわせて約4割の人びとが、避難先での人間関係の構築に困難を抱えている。また、『地元の知人友人との付き合い』(同p.38)は、「全くない」が13.2%、「滅多にない」が37.3%、あわせて約5割の人びとが、福島の地元の人間関係を喪失していることがわかる。

さらに、『現在の親族との付き合い』(同p.38)に関しても、「全くない」が6.6%、「滅多にない」が26.3%、あわせて3割を超える人々が、親族との人間関係を保てていないことが示されている。避難先の人間関係だけでなく、地元や親族との人間関係の維持が、原発事故による避難生活では極めて困難な状況が確認できる。全国各地に各世帯がバラバラに避難を強いられたこと、遠距離の避難であること、長期にわたる避難であることなどが津波や地震による避難とは質が異なると考えられる。

(2) コミュニティ育成のサポート

上記のとおり、避難者は、強い絆で互いに支え合っていたふるさとの コミュニティの繋がりを喪失し、避難先で希薄化した人間関係のもとで生活せざるを得ない状況に置かれており、原発事故が引き起こした社会関係の破壊による避難者の精神的苦痛は深刻かつ甚大である。

コミュニティの育成は、容易ではなく、長期間の取組を要するが、

ア 避難先での生活を潤滑に送ることができるように、避難先自治体の公的サービスを速やかに受けられるように、地元自治体と避難先自治体との連携強化、関連部署(県外避難者支援課等)の機能強化

イ 全国各地の民間支援団体が、新たなコミュニティ育成のために地元の人びとが集う交流会やイベント、さらには避難先地域住民との関係性を構築するための企画を進めるため、避難者支援を行う民間支援団体への助成等の公的支援の充実・継続

を求める。

9 ふるさと喪失にも対応した速やかで十分な損害の回復

(1) 消滅時効期間の延長

今回の調査では、『これまで行った損害賠償請求』(本件調査報告書p.21)について、「一部しかできていない」者が27.9%であり、また、『原発事故から10年となる2021年3月以降、損害賠償請求権が時効によって消滅し請求できなくなる可能性について』(同p.25)、「知らない」と回答した者が63.4%であった。さらに、『損害賠償請求権が消滅しないようにするため、10年の時効期間を延長する法改正について』(同p.25)、「必要だと思う」が81.1%であった。

このように、約3割の被災者の損害賠償請求が未了であり、6割以上の被災者が損害賠償請求権が時効消滅することを知らない状況があることから、被災者の損害回復のため、原発事故から10年経過後も、時効により消滅することのないよう、損害賠償請求権の時効期間を延長する法改正を求める。

(2) 未請求者・未請求項目と国による調査及び損害の填補

今回の調査(本件調査報告書p.18)では、『原発事故に対する賠償や補償問題についての悩みがありますか』という質問に対して、「はい」と回答した者が62.8%おり、上記のとおり『これまでに行った損害賠償請求』について、「一部しかできていない」者が27.9%であった。

未請求となっている損害賠償項目のうち回答者が多かった項目は、「財物損害(宅地・建物・家財)、避難の移動費用、ふるさと喪失慰謝料、生活費増加分、精神的損害(含む入通院慰謝料)、住宅確保損害(宅地・住宅)」(同p.22)であった。

原発事故後9年が経過しても、損害賠償請求が一部しかできていない者が3割近くも存在するという事実は、原発事故という未曾有の事故によって生活を根こそぎ破壊され、高齢者や心身の不調を抱えた者も少なくない被災者に対し、自己責任に委ねて自ら損害賠償請求させるという制度設計が誤っていたことを物語っている。

そこで、国に対し、住民登録、東京電力からの情報開示、避難者への聴き取り調査等により、損害賠償未請求の実態を把握し、被災者の請求がなくとも、漏れなく損害の回復を図ることを求める。

(3) 責任の所在の明確化による苦痛の軽減、不十分な賠償水準の底上げ

すでに賠償を受けた被災者の57.5%が賠償額を「不十分な額だ」と考えている(本件調査報告書p.23)。『今後追加されるべき損害賠償』(同p.22)として、約5割の人びとが「精神的慰謝料の追加」を求め、約4割の人びとが「ふるさと喪失慰謝料適用範囲の拡大」を、そして約3割の人びとが「医療費の追加、生活費増加分の追加、家賃補助の継続再開」を求めている。

『第2 要望の理由』の「2.原発避難者の深刻かつ危機的な状況とその要因」の部分で詳しく述べたとおり、先行研究では、人為災害における不十分な救済や不明瞭な責任の所在が、被害者を長期にわたって苦しめていることが指摘されている。原子力損害賠償紛争審査会策定の中間指針に則った賠償では、損害の程度が被害者自身の体感している被害実態と大きくかけ離れていると考えられる。

国や東京電力は、事故に対する責任の所在を明確に示し、損害賠償の水準を底上げし、速やかで十分な被害者救済を行う必要がある。

(4) ふるさと喪失慰謝料の拡大

今回の調査では『地元を失った気持ちの強さ』(本件調査報告書p.28)について質問しており、その回答のうち「とてもつらい」が44.6%、「つらい」が26.8%、あわせて約7割の方たちが、ふるさと喪失に苦悩している。この点は、区域外避難者も同様であり、2015年調査では、600名を超える区域外避難者の回答があり、分析の結果、区域外避難者は区域内避難者と同等の「ふるさと喪失感」を抱いていることが明らかになっている。さらに、避難指示が解除され既に帰還できたとしても、元の地域にあった生産・生活の諸条件は著しく変貌しており、人間活動の蓄積と成果の喪失、社会関係の破壊の不可逆性、生活経済と密着した自然環境の破壊の不可逆性は明らかである。

そこで、区域外避難者及び避難指示解除後に帰還できた者等に対しても、ふるさと喪失慰謝料として十分な賠償を行うことを求める。

10 地元不動産の固定資産税負担等への適切な対応

今回の調査(本件調査報告書p.24)では、『地元に所有する不動産の心配』として、61.9%の避難者が「心配がある」と回答しており、その理由として、約35%の避難者が「固定資産税の問題」をあげ、約25%の避難者が「損害賠償の問題、相続の問題」をあげ、約15%の人びとが「登記の問題」をあげている。

震災支援ネットワークの電話相談でも、自宅の家を解体したことによって固定資産税額が上がり、しかも実質的に住めない土地の固定資産税を子々孫々代々にわたって支払い続けなければならない理不尽な状況に対する多数の訴えがある。

移住を決意し不動産を放棄したい世帯に対する国や県による買取り制度の創設、少なくとも固定資産税の永続的な免除等、地元に不動産を所有する原発事故被害者の具体的な苦難に対応した施策の実施を求める。

11 当事者参加の独立機関の設置による10年の検証と支援プログラムの策定

以上の諸施策のほか、今後も、原発避難者の実情やニーズを把握しつつ、様々な実効的支援を継続する必要がある。

そこで、原発事故から10年目となる今、長期間、原発避難者の甚大な精神的苦痛を持続させてしまったことの反省に立ち、医療・心理・福祉・教育・行政・法律分野等、諸分野の専門家及び当事者である避難者も参加する政府から独立した機関を設置し、これまでの諸施策を検証した上で、あらためて原発避難者の継続的かつ実効的支援プログラムを策定することを求める。

12 コロナ危機にも対応した普遍的な社会保障制度の構築と原発避難者の苦難に向き合う社会への転換

(1) 新型コロナウィルス感染拡大による社会の危機と露呈した社会保障の脆弱性

新型コロナウィルス感染症の拡大に伴い、現在多くの事業主が廃業や失業の危機に直面している。2020年4月の完全失業者数は前月比6万人増加し、休業者数は推計600万人、同年6月に入り解雇・雇い止めは2万人を超えた。

全労働者の4割にまで増加した非正規労働者はいち早く仕事を打ち切られ、同年3月から4月にかけて非正規労働者の数は131万人も減少した。休業や失業によって、生活費が底をつき、一気に生活が立ち行かなくなる人が急増し、住居喪失の危機に陥る人も増加し、学費を支払えず退学の危機にある学生も増加した。

背景には、低賃金で不安定な労働、不十分な休業補償や失業給付、フリーランスなどを対象とする所得補償制度の不存在、貧弱な住宅政策、高騰した学費や生活費をアルバイトで補ってきた学生の現状などがあり、災害に弱く、人間の生存を支えない日本の社会保障制度の現状、自己責任が喧伝され格差と貧困の拡大を容認してきた日本社会の脆弱性が露呈した状況となっている。

(2) 原発避難者の窮状に追い打ちをかけるコロナ災害

今回の調査は、コロナ禍が拡大する前に実施された。上記のとおり、原発事故による首都圏避難者は、今回の調査が行われた2019年12月から2020年3月5日(集計時)の時点で、すでに約37%が現在失業しており、約44%が経済的に困っており、約45%が住宅支援の打切りで困っている状態であることが確認されている。現在及び過去の様々な実例を通じ、災害が脆弱な人々の上に最も強く現れることが明らかとなっているが、原発事故被害にコロナ災害が重なることにより、原発避難者は、さらに過酷な状況に陥っており、原発事故による避難の長期化、住宅提供等の公的支援打切り等に加えて、コロナ災害がさらに追い打ちをかけている。

同年5月半ばには、原発避難者向けの福島県南相馬市原町区の復興住宅「南町団地」で、浪江町の60歳代男性が自室で死亡しているのが発見された。

男性は一人暮らしで病死とみられた。浪江町社協は、新型コロナウィルスの感染拡大により、定期的な見守り訪問を2月から中止していた状況で、周囲も異変に気づかないまま孤独死したものである。

(3) 社会に広がる生きづらさ、分断の危機

高度経済成長が終わり低成長時代が到来し、1990年代以降、非正規雇用の拡大とともに世帯所得は減少し、貯蓄ゼロ世帯が増加し、中間層は低所得層へとシフトした。自分で働いて貯金をして支えるという自己責任では、生活を支えるのが困難な社会構造となったにも関わらず、なお、自己責任が強調され続けている。

支えのない社会で、働いても働いても生活は楽にならず、生きづらさを抱える人が増える中で、生活保護利用者など社会保障の対象となっている一部の人々に対し、厳しい視線が向けられ、バッシングが強まっている。

原発事故は、このような社会状況において発生し、被災者は避難を強いられた。生活を根こそぎ破壊された原発避難者は、自己責任で損害賠償を請求することとされた上、賠償金というお金が支払われる状況が社会に伝わるようになるにつれ、本調査結果にあるように、原発避難者に対する偏見や差別が拡大し、国による原発政策の犠牲者であるはずの原発避難者に対し、妬み・嫉みの感情が広がることとなった。

今回のコロナ災害においても、一部学生を対象に、10~20万円の現金給付が決定されると、給付を求めて声をあげた学生に対し、ネット上でバッシングが広がるなど、同様の状況がある。

このように、国の社会保障制度に支えられず、生きづらさを抱えた人が蔓延する社会構造の中で、生活保護利用者や原発避難者等、国からの給付や賠償金を取得する一部の人に対する偏見・差別が広がり、生きづらさを抱えた人同士の分断・対立が生じ、それが貧困の広がりとともに拡大している状況がある。

今、私たちは、社会の分断の危機に、どう対応すべきかという重大な問題に直面しており、これは、原発避難者の苦難に社会が真摯に向き合えるかどうかという問題と重なっている。

(4) 社会の分断を乗り越える理念、互いに支え合う連帯社会への転換

自己責任が強調され、多くの人が、社会保障に支えられていない社会の中で追い詰められている。そして、追い詰められた人が、生活保護利用者や原発避難者等の一部の人だけが、国からの給付や賠償金を取得することを受け容れ難く、非難し、あるいは差別する。このように、人々を、分断や対立へと向かわせる社会構造を変えなければならない。そのために、自己責任ではない、すべての人が広く支えられる社会保障制度、すなわち、医療、介護、住宅、教育など、誰もが生きていくために必要な基礎的なニーズを満たす社会保障制度を構築すべきであり、それは、同時に、災害に強い社会を構築することでもある。

派遣切りの嵐が吹き荒れ、仕事と住居を同時に喪失し、生存の危機に瀕する人が全国に溢れた2008年のリーマンショック、おびただしい数のいのちと暮らしが壊された2011年の東日本大震災及び原発事故。私たちは、二度にわたる未曾有の危機を経験した。しかし、社会保障は脆弱なままであり、自己責任社会の中で、派遣労働者も、原発避難者も、追い詰められ、今、三度目となるコロナ危機に直面している。

今度こそ、民主主義を機能させ、自己責任社会を克服し、人間の基礎的・普遍的ニーズを満たす社会保障、人間の尊厳ある生存(憲法13条・25条の価値の実現)を保障する社会、社会の分断を乗り越え互いに支え合う連帯の社会へと転換すべきときだ。

それが、今後も続くコロナ感染の第二波・第三波、世界大恐慌を超える可能性がある経済危機、地震や豪雨災害等の大災害への備えとなるとともに、原発避難者の苦難を社会全体で共有し、その苦痛をなくしていく真摯な努力を永く積み重ねていくための道である。

以 上

【SSN/WIMAこれまでの調査の参照文献】

<2012年調査>

  • 辻内琢也:原発避難者の深い精神的苦痛;緊急に求められる社会的ケア.岩波書店,「世界」835:51-60,
  • 増田和高,辻内琢也,山口摩弥,永友春華,南雲四季子,粟野早貴,山下奏,猪股正:原子力発電所事故による県外避難に伴う近隣関係の希薄化;埼玉県における原発避難者大規模アンケート調査をもとに.厚生の指標60(8):9-16,
  • Tsujiuchi T, Yamaguchi M, Masuda K, Tsuchida M, Inomata T, Kumano H, Kikuchi Y, Augusterfer EF, Mollica RF: High prevalence of post-traumatic stress symptoms in relation to social factors in affected population one year after the Fukushima nuclear disaster. PLoS ONE 11(3): e0151807. doi:10.1371/journal.pone.0151807,

<2012―2013年調査>

  • 山口摩弥,辻内琢也,増田和高,岩垣穂大,石川則子,福田千加子,平田修三,猪股正,根ヶ山光一,小島隆矢,扇原淳,熊野宏昭:東日本大震災に伴う原発事故による県外避難者のストレス反応に及ぼす社会的要因~縦断的アンケート調査から~.心身医学56(8):819-832,

<2013年調査>

  • 辻内琢也,小牧久見子,岩垣穂大,増田和高,山口摩弥,福田千加子,石川則子,持田隆平,小島隆矢,根ヶ山光一,扇原淳,熊野宏昭:福島県内仮設住宅居住者にみられる高い心的外傷後ストレス症状-原子力発電所事故がもたらした身体・心理・社会的影響-.心身医学56(7):723-736,

<2012-2014年調査>

  • 辻内琢也:原発事故被災者の精神的ストレスに影響を与える社会的要因;失業・生活費の心配・賠償の問題への「社会的ケア」の必要性.早稲田大学・震災復興研究論集編集委員会(編)鎌田薫(監修):震災後に考える;東日本大震災と向き合う92の分析と提言.早稲田大学出版部,pp244-256,

<2014年調査>

  • 辻内琢也:深刻さつづく原発事故被災者の精神的苦痛;帰還をめぐる苦悩とストレス.岩波書店,「世界」臨時増刊「イチエフ・クライシス」852:103-114,
  • 岩垣穂大,辻内琢也,扇原淳:大災害時におけるソーシャル・キャピタルと精神的健康-福島原子力災害の調査・支援実績から-.心身医学57(10):1013-1019,

<2015年調査>

  • 辻内琢也:原発事故がもたらした精神的被害:構造的暴力による社会的虐待.岩波書店,「科学」86(3)(2016年3月号):246-251,
  • 辻内琢也:大規模調査からみる自主避難者の特徴;”過剰な不安”ではなく”正当な心配”である.戸田典樹(編著):福島原発事故 漂流する自主避難者たち:実態調査からみた課題と社会的支援のあり方.明石書店,pp27-64,
  • 岩垣穂大, 辻内琢也, 小牧久見子, 福田千加子, 持田隆平, 石川則子, 赤野大和, 桂川泰典, 増田和高, 小島隆矢, 根ヶ山光一, 熊野宏昭, 扇原 淳:福島原子力発電所事故により自主避難する母親の家族関係及び個人レベルのソーシャル・キャピタルとメンタルヘルスとの関連. 社会医学研究34(1):21-29,

<2012-2015年調査>

  • 辻内琢也:原発災害が被災住民にもたらした精神的影響.学術の動向22(4):8-13,
  • Takuya Tsujiuchi:Post-traumatic Stress Due to Structural Violence after Fukushima Disaster.Japan Forum: 2020,doi/full/10.1080/09555803.2018.1552308

<2017年調査>

  • 辻内琢也:原発避難いじめと構造的暴力.岩波書店,「科学」88(3)(2018年3月号):265-274,
  • 辻内琢也:原発避難いじめの実態と構造的暴力.戸田典樹(編著):福島原発事故 取り残される避難者-直面する生活問題の現状とこれからの支援課題.明石書店,pp14-57,

<2012-2017年調査>

  • 辻内琢也:フクシマの医療人類学:構造的暴力による社会的虐待論.ナラティヴとケア(10):35-45,
  • 辻内琢也・増田和高(編著):フクシマの医療人類学-原発事故・支援のフィールドワーク.遠見書房,

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