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埼玉弁護士会 死刑廃止に関する総会決議

埼玉弁護士会が、2020年3月26日、死刑廃止に関する総会決議を採択しましたので、ご案内させていただきます。

第1 決議の趣旨
政府及び国会に対し,すべての死刑確定者に対する執行を即時に停止し,死刑を廃止するための法的措置を直ちに講じることを求める。

第2 決議の理由
1 日本国憲法と死刑
⑴ 最大判1948年3月12日(以下「48年最判」という)が死刑について合憲判断を示して以降,死刑が日本国憲法に抵触するとした裁判例はない。しかし,この48年最判は,日本国憲法施行からわずか10か月余り経過した時点のものであった。そして,48年最判も「生命は尊貴である。一人の生命は,全地球よりも重い」と述べており,また,その理由中には「(憲法が)未来永劫死刑を永久に是認したものとは考えられない」という補充意見もあった。

その後さらに70年以上の年月が経過し,基本的人権に対する認識や理解が一層深化し発展した今日においては,以下の諸点で示すとおり,従前の死刑に関する最高裁の憲法判断は見直されなければならず,死刑という刑罰は日本国憲法に適合しないというべきなのである。

⑵ 憲法13条前段は,「すべて国民は,個人として尊重される」と規定し,そこでは,具体的な生きて存在する個人を人間社会における価値の根元とする「個人の尊厳」原理を表明している。そもそも,個人は多様性を本質とし,個人の尊厳原理はそのような諸個人をその個性のままに尊重することを要請するものであるから,いかなる個人であろうとその存在に価値が認められるべきなのである。

死刑は,ある特定の個人に限ってその存在することを否定し,その全存在を失わせてしまう刑罰であるから,この個人の尊厳という日本国憲法の核心原理に適合しないものといわねばならない。

⑶ しかるに48年最判は,憲法13条後段の「公共の福祉という基本的原則に反する場合には,生命に対する国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているものといわねばならぬ」,それは「個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ,結局社会公共の福祉のために死刑制度の存続の必要性を承認したもの」などという。

しかし,この48年最判の根底には上記のとおり個人よりも全体が優位するという全体主義的思考があり,それは憲法13条前段の個人の尊厳原理からは到底受け入れられないものである。

そもそも,憲法13条後段の「生命・・・に対する権利」(以下「生命権」という)について改めて考えると,生命権の剥奪は他のすべての人権の剥奪を必然的にもたらし,その意味で生命権は他の諸人権享有の大前提となる根元的人権であることが明らかとなる。そのような観点に立つと,生命権を「公共の福祉」によって制約できるとすれば,それは,他の諸個人の生命権との間の衝突を調整するために必要不可欠な場合以外にはないこととなる。

しかも,48年最判は,上記判示に先立ち「死刑の威嚇力によつて一般予防をなし,死刑の執行によつて特殊な社会悪の根元を絶ち,これをもつて社会を防衛せんとした」として,社会防衛を死刑による個人の生命権制約論拠とさえしていた。しかし,そもそも,再犯を防止して他の個人の生命権を保護するという特別予防の点は死刑以外の刑罰によってこれを達成できることが明らかである。また,死刑の威嚇力によって重大犯罪を抑止して,他の個人の生命権を保護するという一般予防の点については,後に詳述するとおり死刑の存在によって重大犯罪抑止効果があることはこれまで実証されていないのである。

以上から,死刑という刑罰が「公共の福祉」による生命権の制約として妥当し得ないことは明らかになったといえる。

したがって,死刑は憲法13条後段に反する刑罰というべきなのである。

⑷ また,48年最判は,「憲法31条によれば,国民個人の生命の尊貴といえども,法律の定める適理の手続きによって,これを奪う刑罰を科せられることが,明らかに定められている」などという。

しかし,憲法31条の「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命・・・を奪はれ・・・ない」という規定文言からは,適正な法律上の手続なく個人の生命を奪ってはならないということが導きだされるにとどまる。少なくとも,本条が生命を奪う死刑という刑罰の科せられることを明らかに定めた規定とはいえないであろう。

むしろ,48年最判の上記のごとき「反対解釈」に対しては,「国家からの自由」(国家権力からの生命・自由の確保)を人権保障の本質とし,且つ,生命権を諸自由の前提・根元とする観点からすると,上記「法律の定める適理の手続」の実質こそが問われるべきことになる。この点,これまでの日本の刑事手続には死刑判決が想定ないし危惧されるような「死刑事件」や死刑確定後における手続保障が不十分極まるという近時の問題提起は重要といえる。そこでの具体的な制度改革提案は,検察官による早期の死刑求刑事件明示,事実認定手続と量刑手続の二分,死刑の量刑基準明確化,死刑評決の全員一致制,死刑判決に対する自動上訴制度,死刑判決確定後の様々な執行回避活動の保障など傾聴すべきものである。そして,これらの提案の多くはアメリカの死刑事件における「超適正手続」を参考にしたものであろうが,日本の現行刑事手続制度のもとで死刑判決や執行を受けることの根本的な問題性を剔抉するものといえる。それはまさに,日本の刑事手続において48年最判のいう「適理の手続」が無きに等しいことを明らかにしたものである。この点からして,48年最判の上記のような「反対解釈」はその前提を欠くものといわねばならない。

のみならず,たとえ死刑事件について上述のように特別な手続保障が構築されたとしても,それをもって直ちに誤判・えん罪が今後一切生じないとはいい難い。それは,死刑事件の「超適正手続」を構築してきたアメリカにおいてもなお,その誤判を絶無とするに至っていないことが示している。およそ人間が行う裁判には誤りが不可避といわざるを得ない。そして,何より,死刑という刑罰は,その執行により,えん罪被害者本人の誤判からの救済の途を永遠に閉ざすものである。このように,死刑事件にあっても誤判が避け難く,死刑執行後におけるえん罪被害者本人の救済方法がないということは,かような刑罰制度について真に「適正」な手続を見出すことはおよそ無理だといわざるを得ない。

そうだとすると,死刑は憲法31条の適正手続保障に違背する,若しくは,少なくともその趣旨に悖る刑罰ということになる。

したがって,憲法31条を死刑の根拠とした48年最判の判断は直ちに見直されるべきである。

⑸ 死刑の「絞首」という執行方法はもとより,死刑の執行が尊厳の主体たる個人の全存在を現実に失わせるものであることを直視すれば,死刑こそが(最大判1948年6月30日のいう)「人道上残酷とみとめられる刑罰」の最たるものといえるであろう。

死刑は憲法36条が禁じる「残虐な刑罰」というべきなのである。

⑹ 憲法の恒久平和主義原理は,戦争を放棄し,戦争のために用いられる戦力の保持を禁止する(憲法9条)とともに,諸個人が「恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利」を有することを確認している(憲法前文)。それは,この原理が個人の生命権を何にも増して尊重しようとしていることの現れといえる。かように徹底した生命権尊重に立つといえる恒久平和主義からは,対外的な戦争の場面のみならず,対内的な刑罰の場面においても国家が個人の生命権を剥奪することが容認されるとは考え難い。

したがって,少なくとも死刑は憲法の恒久平和主義原理にそぐわないものといわざるを得ない。

⑺ よって,死刑は憲法の上記関係諸規定に抵触し,あるいはそれらの趣旨と整合しない刑罰というべきなのである。

2 死刑に重大犯罪抑止効果があるとはいえない

⑴ 死刑廃止国において,死刑廃止の前後を比較して廃止後に重大犯罪が増加したということは実証できない。実際,1976年に死刑を廃止したカナダや1981年に廃止したフランスの統計でも,廃止前後を通じて殺人発生率に大きな変化は見られない。

 世界各国との比較において日本は殺人事件の少ない国といえ,2010年の統計では,殺人認知件数が年間1067件で,人口10万人当たりの殺人発生率は0.83であった。しかし他方で,同年の統計における殺人発生率をみると,発生率の低い順にオーストリア0.56,ノルウェー0.68,スペイン0.72となっており,これらはいずれも死刑廃止国である。このように,殺人などの重大犯罪の発生と死刑存廃との間に相関関係は認められない。

⑵ 近時,日本において,死刑の犯罪抑止効果に関して研究が行われた。同研究は,①年間の殺人件数ではなく,月間の殺人件数に着目し,②殺人と強盗殺人を分けた統計データを用いて,死刑判決後や死刑執行後にこれらの犯罪の認知件数の減少が起こるかを分析したものである。その結果,死刑判決・死刑執行には殺人や強盗殺人に対する抑止効果がみられないと発表されている。

⑶ 以上に照らすと,死刑を存置することによって重大犯罪を抑止することはできず,いわゆる一般予防効果が死刑存置の理由とならないことは明らかである。

3 誤判・えん罪の観点

⑴ えん罪の歴史

日本では,1980年代に死刑確定者が再審無罪となった事件が4件も続いた。免田事件(熊本地八代支判1983年7月),財田川事件(高松地判1984年3月),松山事件(仙台地判1984年7月)及び島田事件(静岡地判1989年1月)である。死刑確定者が再審請求中に獄死した名張毒ぶどう酒事件については,1964年12月の一審無罪判決に加え,2005年4月には,一審を破棄して死刑とした名古屋高裁自身が一旦は再審開始を決定しており,えん罪の可能性を強く疑わせる。また,袴田事件について静岡地裁は,2014年3月,再審の開始と死刑の執行及び拘置を停止する決定を出した。なお,2018年6月,東京高等裁判所は再審開始決定を取り消したが,拘置を停止する決定は維持したまま現在特別抗告審で審理中である。

1990年以降発生の死刑判決もあり得た重大事件に目を向けると,足利事件では,無期懲役刑確定の後の再審請求審において事件発生当時のDNA鑑定の杜撰さが明らかとなり,その後の2010年3月に再審無罪となった。東電社員殺人事件では,一審無罪判決後の控訴審無期懲役刑が確定した後,2012年11月に再審無罪となった。東住吉事件では,2006年11月の無期懲役刑確定の後,2016年8月に再審無罪となった。

⑵ 誤判根絶の困難・不可能性

このように,戦後間もない時期に発生した免田事件などにとどまらず,1990年代に発生した重大事件についても,最近になって誤判であったことが明らかとなっている。DNA鑑定などの科学技術を利用した捜査手法がいかに進展しようと,人間が裁判を担う以上,誤判・えん罪の発生を絶無にすることなどできない。上記のような日本の刑事裁判におけるえん罪の歴史が,誤判を根絶させることの困難さ,あるいはその不可能を如実に示しているともいえる。

そうすると,誤判を正す適正な手続や制度の存在がえん罪被害からの回復・救済のための唯一の方途となるが,死刑執行はえん罪被害者の誤判・えん罪からの救済の途を完全に閉ざすこととなる。

この点,足利事件の2年後に発生し同じく当時のDNA鑑定に疑問が指摘されていた飯塚事件についてみると,これは,2006年9月の死刑確定から2年後の2008年10月に死刑執行がなされたもので,再審請求の準備中であったといわれている。実際,執行後,遺族より再審請求がなされている。

⑶ 誤判・えん罪による死刑執行というこれ以上ない悲惨な人権侵害を防ぐには,死刑を廃止するほかにないのである。

4 死刑廃止は世界的潮流である

⑴ 国連の死刑廃止の動向

「死刑廃止条約」(仮訳「死刑の廃止を目的とする『市民的及び政治的権利に関する国際規約』の第2選択議定書」)は,1989年12月,国連総会にて採択され,1991年7月に発効した。この第2選択議定書の採択に際し日本政府は,アメリカ,中国,イスラム諸国等とともに反対票を投じ,その後現在に至るまで批准していない。

この第2選択議定書は,市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約)第6条で生命に対する権利が規定され,死刑廃止が望ましい旨強く示唆されているのを受けたものである。その第1条第2項は,「各締約国は,その管轄内において死刑を廃止するためのあらゆる必要な措置をとらなければならない」と規定し,締約国に死刑廃止を義務付けている。締結国はヨーロッパ諸国などを中心に2019年現在,87か国に達している。

また,国連総会は,2018年12月17日,すべての死刑存置国に対し,死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める7回目の死刑執行停止決議案を,史上最多の支持を得て可決した。加盟193か国の内121か国が支持し,35か国が反対し,32か国が棄権した。前回の2016年12月には117か国が支持したが,決議の都度,賛成国が増えている。

⑵ 死刑廃止国は142か国

死刑を全廃した国は,1940年代には8か国,1970年代には13か国,2000年には75か国であった。2018年12月末日現在,すべての犯罪に対して死刑を全廃した国は106か国,通常犯罪のみに死刑を廃止した国は8か国,事実上死刑を廃止した国は28か国であった。死刑廃止は世界の潮流となっているということができる。

これに対し,死刑存置国は56か国で,そのうち,1999年に死刑を執行した国は31か国,2017年が23か国であるのに対し,2018年は20か国に減少した。これには日本が含まれる。

5 犯罪被害者・遺族の被害回復ないし権利擁護の視点

犯罪被害者・遺族(以下「犯罪被害者等」という。)の中には,被害感情の発露として加害者に死刑を求める方がいる。そのような被害感情を抱かれる方の心情は十分に理解できる。

本来,犯罪被害者等の精神的苦痛の緩和のみならず,犯罪被害遭遇後に犯罪被害者等が陥る経済的困窮からの回復を含め,犯罪によって損なわれた平穏な生活を回復するための諸施策を構築することこそが,憲法25条及び13条に照らして,極めて重要な国及び地方公共団体の責務である。

この点,2004年に犯罪被害者基本法が制定され,同法に基づき,犯罪被害者等の被害回復・権利擁護の諸施策が図られてきた。しかし,2017年日弁連第60回人権大会決議でも指摘されるとおり,犯罪被害者給付金による補償水準は数次の改定によっても十分なものとは言えず,賠償制度もその実効性に欠けるなど,犯罪被害者等への経済的補償は未だ諸外国の水準に比肩しうるものではない。また,犯罪被害者等の生活に密着した幅広い支援に不可欠な地方公共団体による施策の点では,地域による格差が大きく,埼玉県でも犯罪被害者支援に特化した条例制定は,県及び県内三市に留まるなど,未だ多くの課題が残されている。

犯罪被害者等の被害回復ないし権利擁護の問題は,死刑存廃の如何に関わらず,早急に取り組むべき人権課題として捉えることが重要と言うべきである。

6 代替刑導入議論について

⑴ 現行法上,死刑の次に重い刑罰は無期懲役であるが,「無期刑については10年を経過した後,行政官庁の処分によって仮に釈放することができる」とされている(刑法28条)。このことから,死刑を廃止すると重大な罪を犯しても10年で仮釈放されかねず,それでは刑の均衡が著しく害されるとして,死刑の代替刑として仮釈放の可能性がない終身刑を設けるべきだとする議論がある。 

この点について日本弁護士連合会は,2019年10月15日,「死刑制度の廃止並びにこれに伴う代替刑の導入及び減刑手続制度の創設に関する基本方針」を策定した。そこでは,死刑の廃止に伴い導入する刑罰の方向性について,①仮釈放のない終身刑を新たな最高刑として導入するとともに,②仮釈放の可能性のない終身刑から,例外的に仮釈放の可能性のある無期刑に刑の変更を認める手続制度を設けることを目指す,としている。
 この基本方針は,被害者(遺族)の応報感情や市民の処罰感情を考慮し,死刑廃止への理解を促すとともに,仮釈放のない終身刑から仮釈放のある無期刑への刑の変更を例外的に認める制度を設けることによって,憲法や人権諸条約上の疑義を解消しようとするものであり,死刑制度廃止に伴う代替的措置として十分検討に値するものである。

⑵  もっとも,こうした制度を検討するにあたっては,現在の無期刑の仮釈放の実態を理解することも必要である。
 法務省の報告書によれば,2018年末に在所していた無期刑受刑者が1789人であるのに対し,同年中に仮釈放された無期刑受刑者数は10人である。しかも,そこには仮釈放取消後に再度の仮釈放を許された無期刑受刑者3人が含まれ,それを除く残る7人の平均受刑期間は30年を超えている。他方,同年中に死亡した無期刑受刑者数は24人で,仮釈放が許可された人よりも受刑中に死亡した人の方がはるかに多い。そして,このような無期刑受刑者に対する仮釈放の運用実態は,過去10年程の間の同省報告書を見てもほぼ変わりない。現在の日本では,無期刑が実質的に終身刑化していると指摘することができる。
 また,現行法上,受刑者には仮釈放の審理を求める権利はおよそ認められておらず,仮釈放を許可しない判断に対して審査請求をすることもできない。
 死刑制度廃止に伴う新たな刑罰制度の検討をするにあたっては,現行の無期刑について,仮釈放の審理を求める権利やその是非を裁判所が判断する制度を確立するとともに,不許可の判断に対する不服制度を認めることなどの制度改善や制度構築を同時に検討されなければならない。

⑶  このように,死刑廃止を早期に実現するために,死刑の廃止に伴う新たな刑罰制度を検討することには十分に意義がある。しかし同時に,現行の無期刑と仮釈放制度の運用実態の問題点を改善することも重要である。

7 結論

当会には,犯罪被害者等の被害感情を考慮し,死刑廃止を求める見解を総会決議として取り扱うことに反対する会員も存在する。

しかしながら死刑は,誤判・えん罪による無辜の生命侵害という耐え難い不正義を不可避的に内包する刑罰であり,個人の生命権という他の諸人権享有の大前提となる根元的人権を剥奪する究極の人権侵害制度である。

かような制度の抜本的改善策としての死刑廃止を求める意見を,広く社会に向け総会決議として表明することは,人権擁護を使命とする弁護士とその集合体である弁護士会の責務というべきであろう。

よって,当会は,すべての死刑確定者に対する執行を即時に停止し,死刑を廃止するための法的措置を直ちに講じることを求める。

2020年3月26日

埼玉弁護士会臨時総会

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