【コラム】つぶやきとまなざしー白鳥さんの想いを未来へつなぐー(弁護士 猪股 正)

 白鳥さんを尊敬している。こんなにストレートに誰かを尊敬していると書いたことは今までない。反貧困ネットワーク埼玉の取組で白鳥さんと出会い、2008年、日比谷の年越し派遣村の取組に突入した。私は、年越し派遣村実行委員として相談のテントを切り盛りし公園から移動後もアフターフォローの活動などを続けた。振り返る間もない目まぐるしい日々が続いていたとき、白鳥さんが話してくれた。派遣村の取組を心から応援し、子どもたちにも伝えている。「社会の理不尽を前に見て見ぬふりをせず、本気で力を尽くす大人たちがいる。その姿を知ることが子どもたちにとってとても大切。子どもたちが人を信じ生きていく力になり、水脈のように流れいつか泉となって溢れ出るかもしれない。」。言葉が心に沁み力が出た。浦和工業高校に招待してもらい、子どもたちの前で話す機会ももらった。そのときの子どもたちや同僚教諭が白鳥さんに向けていた信頼のまなざしが胸に焼きついている。

 反貧困ネットワーク埼玉の取組で白鳥さんはじめ大山典宏さんなど多くの人と出会い、その出会いが次の取組へとつながった。3つの柱からなるアスポート事業の立上げの際、反貧困ネットワーク埼玉の主要メンバーは住宅支援事業を担うことになった。私は白鳥さんに声をかけてもらい、彩の国子ども若者支援ネットワークの監事になった。ゼロからのスタートで奮闘する白鳥さん。職員一人一人の個性を見極め、対話し、励まし、やる気を引き出し、全体をまとめ、行政との関係も自然体で舵取りしていく。生活保護世帯に家庭訪問して子どもたちの学習教室への参加を促すという前例のない取組。個人情報などの微妙な問題もある厚い壁を乗り越え、子どもと親との信頼関係を築いていく。閉ざされて見えなかった貧困家庭の深刻な実態への扉が開かれた。大学に足を運び生きた言葉で事実を伝え若者の心を掴み、何百人もの学生がボランティアとして参加する道を作った。塾大手の参入で押し込まれても押し返す。困難でも、誰かや何かのせいにしたりはしない。眉間にシワを寄せてうつむく姿は見せず、会うと安心するいつも変わらぬ白鳥さんがいた。

 この会の呼びかけ人の特権で、白鳥さんが高校教諭を定年する前に書かれた原稿を読んだ。タイトルは「夕暮れのつぶやき」。いぶし銀の輝きで、白鳥さんが実践してきた大事な言葉がちりばめられている。自分の取柄のなさを振り返り、しかたがない。正直に書くしかないと宣言して書き始められている。傍らにいて、じっと見守って話を聞いてやる大人・人生の先輩としての役割を演じることの大切さ、付き合いながら一人一人違う心に沁みる言葉だけを選んで語り掛けることとその難しさ、生徒や親から謙虚に学んでエネルギーを充填してもらい、自然体でいながら、どこかでピーンと張りつめた部分がないと駄目だということ。そして、最近いつのまにかでてくる独り言は「日暮れていまだ道遠し」と書いてある。自分を振り返る。仲間と共に貧困の現場に立ち取組を続けているが、力及ばず、貧困と格差は拡大し、連帯が壊され不幸が生み出され、危機が深刻化する社会。「日暮れていまだ道遠し」。この肩の力が抜けた自然体の言葉には、なぜか微笑ましい心地よさがある。やりたいことがやらなければならないことに変わり、重く肩にのしかかることがあるが、白鳥さんが書かれた一つ一つの言葉が心に沁み、心が軽くなる。

 すごいなと思いながら、それが何なのかを突き詰めてはこなかった。あらためて考える。それは「まなざし」ではないかと思う。それぞれデコボコな個性を持った一人一人の目の前の人間に対等な目線で暖かく向き合い、その人を大切にする。心に染みる言葉を見つけ、生きる力を応援し、人の良さを引き出し、評価して力に変え、役立てていく。優しさ、他者への慈しみ、自分の愚かさや力不足への謙虚な自覚。憲法の言葉で言えば、尊厳ある人間の自己実現を支えるということかもしれない。いつだったか、白鳥さんと神亀を飲んだことがあった。遠く及ばないが、白鳥さんが教えてくれたものを実践し、返し、次へと手渡していきたいと思う。

弁護士 猪  股   正

(「奇跡のきょうしつ」を育てあげた白鳥勲さんが2024年4月1日に79歳で亡くなられました。9月に、「子どもたちの未来と希望を語るー『連帯・対話・支え合い』ー白鳥さんの想いを引き継ぐ」集いがあり、この原稿は、その際に、書いたものです。)

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