最近、Amazonの荷物を受け取る際、配達員の方がインターホンを押してから不在と判断して切るまでの時間が短すぎて、割と間に合いません。最終的には宅配ボックスに入れておいてもらえるので構わないのですが、その時取り組んでいた全てを放り出してインターホンまで飛んで行ったにもかかわらず目の前で切られると、「間に合わなかった..。」という虚無感はひとしおです(おまけにそういう時は大体足の指を何かにぶつけたりしています)。
とはいえ、配達員は1日に100~200個もの荷物を配達しなければならないこともあるようで、各戸の応答を悠長に待っていられないというのももっともな話です。それより注文の翌日には荷物が届く、この異様に便利な環境を支えてくれていることに感謝すべきでしょう。
Amazon配達員はその多くがフリーランスとして勤務しているようですが、その勤務実態は被雇用者であるとして、労働者性が争われているケースが多くあります。業務委託契約であれば認められるはずの自由裁量がないにもかかわらず、雇用保険や残業代、労災といった労働法上の権利が保障されないことは明らかに不公平といえます。
Amazon配達員に限らず、働き方の多様化に伴って労働者と非労働者の境界が曖昧になり、労働者性判断の分かりにくさが増していることはかねてからの課題ですが、今年予定されている労働基準法の改正において、この問題意識がどのように反映されるのか注目していきたいと思います。
弁護士 宮本 澄香
(事務所ニュース・2026年新春号掲載)
<今年の目標> 何事においても違和感をスルーしない

