三郷生活保護裁判弁護団等による生活保護法改正案に抗議する緊急声明

生活保護法改正案に抗議し、その撤回・廃案を求める緊急声明

 

政府は、本年5月17日、生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)を閣議決定した。

改正案は、本来、すべての国民に「権利」として保障されている保護申請権について、行使の自由を奪い、これを不当に抑制するものであり、申請権を形骸化させるものであるから違法、違憲の誹りを免れない。

1 現在の運用上の問題点-申請権の抑制

(1) 水際作戦とその常套手段

生活保護の実施機関は、有効な申請があれば、保護の要件を吟味し、保護を開始するか却下するかを期限内に回答する義務(審査応答義務)を負う。逆に、有効な申請がなければ審査応答義務を負わず、不作為の違法を問われることはない。

ところで、生活保護の窓口においては、これまで、要保護者が申請意思を表明しても、申請があったものとして扱わず、単なる「相談」として処理し、審査応答義務を回避するという違法な「水際作戦」が横行してきている。その常套手段とされてきたのが、申請意思が表明されても①申請書を交付しないという方法であり、また、②現行法では申請時には必要とされていない給与明細、預金通帳、年金手帳等の資料提出を求めて追い返すという方法である。

実際、さいたま地方裁判所が、本年2月20日に、三郷市福祉事務所による申請権の侵害を認定し損害賠償を命じた三郷事件においても、要保護者が繰り返し窓口に足を運び申請意思を表明したにもかかわらず、福祉事務所は約1年半に渡り申請書を交付しなかった。裁判において、証人として出廷した複数のケースワーカーは、申請意思が表明されても、申請書を出すか否かは、その都度、所内で協議して決定する運用である旨証言しており、また、三郷市は、水際作戦の再発防止のため福祉事務所のカウンターに誰でも手に取れる形で申請書を備え置くべきであるとの弁護団の要請を明確に拒否した。このように、申請書は自由に入手できない形で保管され、申請意思が表明されても、やすやすとは申請書を交付しないという形で、申請扱いにせず、審査応答義務を回避するという運用が行われてきているというのが実務の現状であり、要保護者にとっては、申請書を交付してもらうことが、生活保護を利用するための厚い障壁となっている。

また、派遣切り等で仕事と住居を喪失した人やDVから逃れてきた人など、ぎりぎりの状態まで追い詰められた人は、預金通帳や給与明細などを所持していないことが多いにもかかわらず、生活保護の窓口でこれらの書類の提出を要求されて追い返される例が後を絶たないというのが、これまでの反貧困ネットワーク埼玉等の支援活動の中で確認されてきた事実である。これまでは、厚生労働省でさえ、「住宅賃貸借契約書や預金・貯金通帳など、申請者が申請時において提出義務を負わないものの提出を求めることを内容とした書面を面接相談の際に使用し、それらの提出が申請の要件であるかのような誤信を与えかねない運用を行っている事例等、申請権を侵害、ないし侵害していると疑われる不適切な取扱いが未だにに認められている」(平成25年3月11日厚労省社会・援護局関係主管課長会議資料参照)として、同様の認識を示しているところである。

(2) 扶養照会による申請抑制効果

現行法下においても、扶養義務者に対する扶養照会が行われている。

生活保護を利用しようとする者の親族もまた生活に困窮していることが多く、そうでなくても、DV等の様々な事情により疎遠になっていたり関係が悪化していることが多い。このような背景がある中で、扶養義務者への通知がなされることにより、親族間の軋轢があらためて生じることやスティグマ(恥の烙印)を恐れて、申請を断念する場合が少なくなく、扶養照会によって申請が事実上抑制されているという現状がある。

(3) 捕捉率

このような違法な水際作戦の横行や扶養義務者に対する扶養照会等が行われている結果、生活保護の捕捉率(制度の利用要件を充たす者のうち現に利用できている者の割合)は、現行法下においても、わずか2割程度であり、諸外国に比べ著しく低い水準にある。

2 改正案の内容と問題点

(1) 改正案24条1項2項について

改正案は、生活保護の申請は、申請書を提出してしなければならず、また、この申請書には保護の要否判定に必要な書類を添付しなければならないとする(改正案24条1項、2項)。これは、申請書を提出し、かつ、申請書に給与明細等の必要書類を添付しなければ、有効な申請にはならないということを意味する(申請の要式行為化)。

上記のとおり、これまで、申請意思が表明されても①申請書を交付せず、あるいは②給与明細等の資料提出を求めて追い返すという方法を常套手段とする水際作戦が横行してきた。現行法下においては、申請は非要式行為とされ、口頭による保護申請も認められるというのが確立した裁判例であるから、このような水際作戦に対しては、支援者が窓口に同行したり、口頭による申請があったにもかかわらず審査応答義務を果たさなかった違法行為に対しては三郷事件のように訴訟で争うといった方法によって対抗し、違法行為を是正し、抑止することが可能であった。

しかるに、改正案が成立すれば、要否判定の必要書類を添付した申請書を提出しなければ申請とは認められず、口頭のみによる申請は要式を充たさないものとして無効となるから、福祉事務所は、これまで違法とされてきた①申請書を交付せず、②添付資料の提出を求めて追い返すという常套手段を、今後は法律のお墨付きを得て、合法なものとして堂々と駆使できることとなる。その結果、これまで以上に生活保護の申請が抑制され、捕捉率の低下を招くことは、必至である。

(2) 改正案24条8項、28条2項、29条

改正案28条2項は、保護の実施機関が、要保護者の扶養義務者その他の同居の親族等に対して報告を求めることができると規定している。また、改正案24条8項は、保護の実施機関に対し、保護開始の決定をしようとするときは、あらかじめ、扶養義務者に対して、厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けている。さらに、改正案29条は、保護の実施機関に対し、扶養義務者の収入等につき、税務署等に対する広範な調査権限を付与している。

このような改正案が成立すれば、扶養義務者との軋轢やスティグマを恐れる要保護者に一層の萎縮効果を及ぼし、生活に困窮する者の多くが、保護申請を断念する事態になることも明らかである。

3 保護申請権を形骸化させる改正案の撤回・廃案を

憲法25条は、すべての国民が健康で文化的な生活を営む権利を保障し、これを具体化した生活保護法は、すべての国民に対し、生活保護の請求権を無差別平等に保障し(2条)、保護請求権を行使する具体的な方法である保護の申請について、保護申請権をすべての国民に保障している。改正案は、憲法及び生活保護法によって、「権利」として保障された申請権行使の自由を奪い、これを形骸化させ、憲法25条を空文化させるものである。また、生活保護制度の見直しについて諮問されていた社会保障審議会の「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」においても、まったく検討されなかった事項を改正案に盛り込んだという点で手続的にも重大な疑義があり、到底容認できない。

政府は、閣議決定後、運用に変更はないとの弁明を始めているが、運用に変更がないなら、そもそも、あえて法律を改正する必要はないはずである。

よって、改正案の内容及び手続過程の不当性に強く抗議の意を表明するとともに、その撤回、廃案を強く求める。

2013年5月21日

三郷生活保護国家賠償請求訴訟原告弁護団

        団 長  中 山 福 二

反貧困ネットワーク埼玉

       代 表  藤 田 孝 典

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