【コラム】眠る美術品(弁護士谷川生子)

コロナ渦の中、足が遠のいていましたが、昨年は何回か美術館に行くことができました。美術の知識はなくとも、心惹かれる作品に出会ったり、作品の背景をあれこれ考える時間は楽しいものです。こんな風に、多くの人にとって美術品は鑑賞して楽しむものだと思いますが、一部の人にとっては資産あるいは投資対象でしかありません。
輸入手続前に品物を保管する「フリーポート(保税倉庫)」の実態を描いた海外ドキュメンタリーを見ました。フリーポートに保管されている間は関税等の税金がかからず、しかも一時的な保管庫のはずが保管期間の延長が認められているため、超富裕層が、購入した美術品を半永久的にフリーポートに保管しているのです。数々の貴重な美術品が誰の元にも(買った本人の元にさえ)届くことなく倉庫に眠っているとは。それだけでも十分罪に思えますが、問題はフリーポート内で取引すれば税金がかからないため、マネーロンダリングや資産隠しに利用されているという点です。スイス、香港、シンガポ-ル等世界各地で前々から疑問視されているものの、多くの国は巨額の収入を見込めるフリーポートビジネスを擁護しています。
政治も美術品も限られた人のものなのかとやりきれない気持になりますが、ウクライナ侵攻後、ロシアへの制裁措置に関連して、フリーポートに新たな規制を設ける議論も起こっているようです。

いつかフリーポート内に眠っている数々の美術品を直に鑑賞できたら。生きているうちに実現するよう願っています。

弁護士 谷川 生子

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】教えることは難しい(弁護士佐渡島啓)

この数年、埼玉県内の高校や専門学校で過労死防止対策等に関する特別授業をおこなっていますが、この中で、過労死や精神障害の発症が労災認定される件数の多い業種(運送業、小売業、医療・介護等)についてピックアップし、長時間労働などに注意しなければいけないと話すことがありました。すると、授業後に教員から、うちの学校からこれらの業種に就職する生徒が多い、生徒達が社会に出るのが怖くならないか心配だ、といったことを言われました

労働法の講義を担当している母校の早稲田大学では、毎回の講義後の学生のコメントで、例えば、三年も働いているのにアルバイトだからという理由で有給休暇はないと言われているというような相談が多々寄せされます。しかし、法律的には、アルバイトであっても条件を満たせば有給休暇は取得できます。そのため、このような質問に対しては、残念ながら法律違反の可能性があるようだと答えざるを得ません。

大人の一人として、このような労働環境が存在することを若者に伝えなければならないことを申し訳なく思います。それでも、労働法の長い歴史を考えれば、若者が安心して働ける環境が少しずつでも実現されてきていることも事実だろうと思います。学生たちが働くことに前向きになって社会に出ていけるよう、何を、どのように伝えるべきか、今年も試行錯誤したいと思います。 

弁護士 佐渡島 啓

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】手の届かない星をつかむ(弁護士伊須慎一郎)

無趣味人間なのですが、妻と劇団公演を観に行くことが好きです。今年は、こまつ座の「貧乏物語」、「紙屋町さくらホテル」、「頭痛 肩こり 樋口一葉」、「イヌの仇討」、「吾輩は漱石である」を観劇しました。
どれも甲乙付け難いのですが、男闘呼組の高橋和也さんが広島に投下された原爆により壊滅した移動演劇桜隊(さくら隊)の隊長を務めた俳優丸山定夫さんを生き生きと演じた「紙屋町さくらホテル」は素晴らしかった。腹の底から笑ったのは久しぶりだったのではないでしょうか。
高橋さんは「(戦争中)演劇にのめりこむことで救われる部分もあるだろうし、現実と対決しているように見える。そういう形でしか自分達の生を全うできなかったのではないか。」、演出の鵜山仁さんは「戦争責任を、また表現の自由について考えることを、舞台の上でつきつめなければならない。打ち勝てない敵と戦う、手の届かない星をつかむ、我々はそういう「見果てぬ夢」を忘れてしまっているのではないか」と述べられています。
ふと、小島誠一自由法曹団元団長が「使命、自分の人生、全人格をかけた使命というものに価値を見いだせたときに、初めてその人生は輝くのではないかと思う。」と述べられていたことを思い出しました。
私には手の届かない星をつかむことはできないかもしれませんが、つかもうとする気持ちを持ち続けたいと考えています。

弁護士 伊須 慎一郎

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】大河ドラマの楽しみ(弁護士高木太郎)

母校の先輩・金栗四三(日本マラソン界の父)を描いた「いだてん」以来、大河ドラマにはまっている。昨年は「鎌倉殿の13人」を欠かさず観た。源頼朝とともに鎌倉政権を打ち立てた北条義時(後の二代執権)が他の御家人を排除して北条氏の支配を確立するまでを描いたものだ。

鎌倉時代は、中学の時「武家政治の始まり」として習った記憶だが、天皇家永続のきっかけだと思っている。

日本では、5,6世紀ごろからヤマト政権の支配が確立し、その後天皇家は曲がりなりにも現代まで続いている。例えば、中国では、漢があり三国時代があり、隋、唐、宋、明、清と続くが、それぞれ、それ以前の政権は滅んできた。どこでもそうだ。日本で天皇家が永らえたのは、適度な広さの島国、大陸からの距離(ドーバー海峡のように近くない)、温帯であることなど、いろいろな条件が重なったからだが、そのきっかけは鎌倉時代だと思う。

鎌倉殿」で、脚本の三谷幸喜は、後白河法皇(西田敏行)や後鳥羽上皇(尾上松也)をバリバリの俗物、むき出しの権力者として描いたが、この時代の天皇家の人々なら、実際そうだったのだろう。

 北条氏の鎌倉政権は、天皇家を滅ぼす道を選ばず、権力の正当化根拠として存続させる道を選んだ(選ばざるを得なかった?)。そして、それが一つの形となり、室町、江戸と受け継がれた。こんな風に考えながら、大河ドラマを観ると、また、別の楽しみ方ができる。

弁護士 高木 太郎

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】終わりばかりじゃないぞ(弁護士牧野丘)

新型コロナのパンデミックになってから毎年1人ずつ孫が誕生し、現在、3人のおじいちゃんです。おじいちゃんとかじいじいとか呼ばれるのに抵抗があったので、どう呼ばせるかはかなりの悩みでしたが、結局、「じいちゃん」に。ちょっとイントネーションは工夫してもらうつもりですが、まだ孫たちはそこまでお話ができないので、これからの課題。

このくらい年になると「始まること」よりも「終わること」が多い。まだ老け込む年でもないし、いろんな力量が落ちているわけではない自信はあるのですが、「終わり」に接するとどうも気分が落ちます。「終わり」は必ずしも悲しいこととは限らないのですがね。逆に「始まり」に触れると自然とエネルギーがみなぎります。今、上の孫2人は、言葉を覚え始め、会うたびに新しい感動を味わわせてくれます。こんな「右肩上がり」現象、ここ最近、見たことがありません。おそらく私の息子、娘、嫁、婿たちはみんな一喜一憂しながら毎日必死に過ごしているに違いないのですが、私にとっては喜びでしかありません。きっと免疫力も上がっていることでしょう。

どんなことにも「終わり」はあり、その多くは寂しい。ですが、その傍らでは、同時に、「始まり」も絶えず存在していて、「始まり」は終わりつつある日々に勇気と希望を与えてくれます。いつまでも「終わり」などないのではないか、という気持ちにもさせてくれます。次はどんな始まりがあるのか。

弁護士 牧野 丘

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】軍事費増大は絶対にダメ(弁護士梶山敏雄)

昨年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻から間もなく1年が経過していようとしています。それに伴う物流問題・資源問題・物価高などの影響は世界的規模に及び経済的大不況を招く危険性も言われています。しかし、なによりも多くの人命が奪われる「戦争」の悲惨さ、理不尽さに最も心が痛みます。

北朝鮮の度重なる挑発的ミサイル発射は言語道断ですが、そうした現象を口実として「敵基地攻撃能力」の整備が必要だと主張する勢力があります。しかし、いくら整備をしたとしても完全な迎撃など不可能としか思えません。逆にそれは積極的に戦争を引き起こす危険性を創り出すことであり、そのために莫大な軍備増強の費用を、所得税などを増税して国民から巻き上げて注ぎ込もうとしています。

自分が納めた税金が人を殺すための武器製造のために使われることなど絶対に認めることができません。軍事費増大を阻止するために100円でも1000円でも良いから、1人1人が納税を拒否して戦争反対の意思表示を示せる国民運動などのアイディアを、誰か、若い人達の柔軟な頭で出してくれませんか。

何が目的でも、例え防衛目的であっても、どんな口実であっても、戦争は絶対に引き起こしてはなりません。誤解を恐れずに言えば、戦争が人と家族に及ぼす悲惨さと比較すれば、人間の叡智を信じて、平和外交の努力をして、それでもの場合は「座して・・・・・」もありかなと思います

弁護士 梶山 敏雄

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】事務所ニュース 2023年新年号 巻頭挨拶(弁護士 伊須慎一郎)

軍事優先国家とセットの格差を拡大する増税

日本政府にとっては、もはや憲法9条はないに等しいようです。政府は、年末にも専守防衛の防衛政策を捨て、敵基地攻撃能力の保有を確認するようです。国を守るという大義名分が独り歩きし始めました。みなさんの中には、国、自衛隊が、国民を守ってくれて安心だとお考えになるかもしれません。歴史学者の加藤陽子先生は、戦前の軍部があれだけの力を持てたのは、国の安全と国民の生命を守ることを大義名分とした組織であったからで、最終的には、大義の名のもとに国民存亡の機に陥れる事態に至ったと指摘しています。今こそ、加藤先生の言葉を噛みしめるときだと思います。

また、政府・自民党は、防衛予算を現在の5兆4000億円規模から倍増し、2027年までに11兆円程度としたいようです。しかし、労働者の賃金は上がらず、それなのに物価は上昇して逆進性の高い消費税は減税されることなく生活困窮者が増えるばかりです。一方で、大企業は内部留保金484兆円を貯め(2008年は230兆円)、富裕層の申告漏れは平成21年以降最高額にのぼっており不公平税制が改善されようとはしません。このような中、国防予算の財源は、軍拡のための掟破りの国債発行や、逆進性の高い消費税増税が考えられます。消費税を1%上げると2.6兆円徴収できるので、消費税を2%上げると目標の11兆円に届きます。軍拡に伴う増税の議論を注視したいと思います。

弁護士 伊須 慎一郎

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




貧困ジャーナリズム大賞2022 受賞作品&選評(全14作品)

2023年1月24日、貧困ジャーナリズム大賞2022の授賞式(反貧困ネットワーク主催)があり、大賞を含む、全14の受賞作品が発表されました。

貧困ジャーナリズム大賞は、「貧困」に関する報道の分野でめざましい活躍をみせ、世間の理解を促すことに貢献したジャーナリストたちを顕彰するものです。日本社会が抱える貧困の問題において、隠されていた真実を白日の下にさらしたスクープ報道、綿密な取材で社会構造の欠陥や政策の不備を訴えた調査報道、地道な努力で問題を訴え続けた継続報道などが対象です。取材される側である当事者や専門家の側から見た報道の評価を年に1度、社会に示すものです。今回は第15回目となり、2021年7月~2022年10月までに発表された報道活動が対象です。

審査員:河添誠/白石孝竹信三恵子水島宏明/(反貧困ネットワークPT)猪股正/大塚恵美子/那須淑夫

【関連報道】
 毎日新聞:https://mainichi.jp/articles/20230125/k00/00m/040/016000c
 朝日新聞:https://digital.asahi.com/articles/ASR1S6F2XR1SUTFL00D.html

【貧困ジャーナリズム大賞】

松尾良 向畑泰司 田中裕之 山田奈緒(毎日新聞取材班)
ヤングケアラーをめぐる新聞連載と本の出版活動に対して

近年注目を集めている「若者による介護」の実態に、当事者への丹念な取材の積み重ねで迫っている。質的なアプローチだけでなく、ケアに関わる若者の量的な実態についても、既存の国の統計を生かしてつきとめようとするなど、多角的に現場に肉薄し、そうした報道による世論の喚起が国の調査の背中も押した。介護制度の貧困が若い世代への介護の重圧を生み出し、それが学業や将来設計にまで影響を及ぼして、次世代の貧困へと連鎖していく状況が描き出され、同時に、それらを単なる「観察対象」とするのでなく、取材者自らも問題の渦中にあるものとして描いていく手法は、介護を通じた貧困がもはや他人事でないことを、私たちに教えてくれる。
*毎日新聞・ヤングケアラーのWEBページ

【貧困ジャーナリズム賞】(順不同)

風間直樹 井艸恵美 辻麻梨子(週刊東洋経済取材班)
ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う

日本の精神病医療は、精神科病棟に長期入院させることが常態化しており、その問題は多く指摘されているところである。本作は、その実態をさらに深く追ったもので、衝撃的な事実が次々に叙述されている。拉致・監禁まがいの精神科移送、死にまで至る身体拘束、医療として必要かどうかもわからない薬漬けなどなど。さらに驚いたのは、それが精神科病院だけではなく、児童養護施設などでも薬物が子供に使われている事実が明らかにされていることだった。こうしたことが世界標準から見てどうなのかという点からも考察されており、貧困ジャーナリズム賞にふさわしいと評価した。 

池尾伸一(東京新聞)
家事労働者過労死事件をめぐる一連の報道に対して

住み込みによる家事代行・介護労働で過労死した家事労働者の女性の遺族が、国の労災不支給決定の取り消しを求めて提起した訴訟をめぐり、原告敗訴の1審判決の問題点を1面と他の関連記事で報じ、多角的な検証を展開した。加えて、厚労相との記者会見を通じ、国の住み込み家事労働者に対する実態調査の約束も引き出した。これら一連の報道活動は、個人家庭と契約する「家事使用人」を労働者保護の外に置く労基法116条2項の不当性を広く知らせ、また、こうした労働形態を通じて行われる家庭内での介護労働の危険性も明るみ出すことで、女性労働の脆弱さが女性の貧困を生み出している現状に警鐘を鳴らした。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/200268
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205410
https://www.tokyo-np.co.jp/article/205481
https://www.tokyo-np.co.jp/article/207053

山下葉月 加藤健太(東京新聞)
生活保護の『扶養照会』都内28市区 実施率格差をめぐる報道

記者が支援活動を長期取材して問題のありかを見定めたからこそ実現した調査報道だろう。生活保護の「扶養義務」照会作業について都内の区や市の実施状況を調査し、自治体間に大きな格差があることを突きとめた。扶養照会をした場合でも困窮者本人への金銭援助につながる率はごくわずかで、扶養照会という手続きが形骸化している実態を明るみに出した。厚労省がDVなど「扶養照会が不要なケース」を通知に明記しても自治体の対応は恣意的で一律に親族に通知する対応があるなど、「扶養照会」が生活保護の利用者にとって大きな壁になっている現状を浮かび上がらせた。生活保護の「水際作戦」と闘い続ける支援団体からも高く評価された。

永田豊隆
書籍「妻はサバイバー

貧困問題の優れた取材記事で知られる朝日新聞記者の著者と精神疾患を抱える妻。夫婦2人の20年近くに及ぶ凄絶なルポ。妻の過食と嘔吐の繰り返し、過食の食材費で圧迫される家計、膨らむ借金。妻の感情爆発、精神病院への入退院、大量服薬、リストカット、アルコール依存、認知症の発症…。終わりなく続く介護で、著者の生活は一変し、仕事との両立に苦しみ、妻の回復を切望しつつ、時に、妻との決別をも思う自分との葛藤など、ありのままに語られる事実に圧倒される。

虐待被害者の心のケアの問題、精神障害者の介護を担う家族の孤立や絶望の深さ、その背景にある社会の無理解・無関心・差別・偏見、封じられる当事者の声、それらを助長してきた国の政策の問題など、これらを可視化して社会に提起した意義は極めて大きく、ケアの脱家族化・社会化の必要を痛感する。

「私みたいに苦しむ人を減らしたい」と願う妻と卓越したジャーナリストである著者が、共に苦難を生き抜いてきたからこそ生まれた類い希なるルポであり、深く敬意を表したい。

末並俊司
書籍「マイホーム山谷

2002年、東京山谷に夫婦二人三脚で21室のホスピスを立ち上げた山本雅基氏の栄光と挫折の物語。「かつて福祉が必要な人たちに手を差し伸べていた山本雅基さんは、差し伸べられた手を握る側になった。挫折だらけのその半生を見ていく過程は、私の中に芽生えた興味、つまり山谷に自然発生的に現れた福祉の仕組みを探る過程でもあった 」。本書を記すため10年間年末の炊き出しに通い、週末の3か月間ホスピスでボランティア、別れた妻を探すため1か月間を費やす。著者の真摯な姿勢に更なる活躍を期待したい。

岩井信行 大西咲 細野真孝ほか取材班
NHK『NHKスペシャル』「ヤングケアラー SOSなき若者の叫び」

ヤングケアラーと呼ばれる子どもや若者の生活を映像で見せる衝撃のドキュメンタリー。家族の介護などに追われることで学校での友人づくりも難しい。自分がヤングケアラーだという認識もなく、誰にも相談できない状況。現在ヤングケアラーの子どもだけでなくかつてヤングケアラーだった男性も登場する。介護や家事労働などに追われて学校での勉強や進路など多くのことを犠牲にして、「機会を奪われている」実態がよくわかった。映像メディアで取り扱うには障壁が多かったと想像するが、それだけに訴求力が高く、自分ごととして考えさせる報道になっている点を高く評価したい。

菅原竜太 村瀬史憲(名古屋テレビ)
名古屋テレビ 『テレメンタリー』「働いた。闘った。」

1986年に施行された男女雇用機会均等法ができる前、女性は職場で「差別」される存在だった。正社員として雇用されていても男性社員を支える補助的な存在としてしか認めてもらえない。男性と同じ仕事をしても賃金は3分の1程度。結婚や妊娠すると突然、女性だけ早期退職を迫られる。東海地方の物流会社で能力を認められて働き続けた女性の半生をドキュメンタリーとして綴った。本人が証言する通り、「働いた」ということが文字通り「闘った」につながっていた時代の貴重な記録だ。ジェンダーギャップ指数が156か国中120位で解決すべき問題が残る日本。現在地点を歴史的に照射したテレビ報道の価値は高い。

渋井哲也
書籍「ルポ自殺 生きづらさの先にあるのか」

自殺者は、当事者が死んでしまっているため、「なぜ死にたいと思ったのか」ということを本人から取材することが不可能である。このことが、自殺についての取材の大きな障害となる。本著は、「生きづらさ」を抱えた人たちへの多数の取材を積み上げており、結果として、そのなかから自死する人が出てきてしまうため、結果として多くの自殺者(自殺前の)から話を聞いている。多種多様な自殺の現実と背景とをていねいに叙述している本著は、日本社会の解決すべき課題を突き付けてもいる。貧困と自殺との関連について、さらに深めた議論も、この先に展開されていくのだろうと期待しながら読んだ。

大間千奈美 石田望(NHK)
NHK『Dear にっぽん』「HOME もうひとつの“家族”」

欧米であれば「難民」として認定されるようなケースでも在留資格を認められず「不法滞在」とされる外国人が多い日本。“仮放免”という名称で、働くことも許されず、行動範囲も制限されて、突然施設に強制収容されたり、本国に強制送還されたりする外国人も少なくない。自分の年金収入と寄付金から、そうした人たちに住まいを提供する眞野明美さん(68)の生き方を追った番組。名古屋入管に収容されて体調不良を訴えながら亡くなったスリランカ人ウィシュマさんとも事前に面会した眞野さんがその死を胸に刻み、自らも病気と闘いながらも身寄りのない外国人に徹底して寄り添っている。私たち日本人が何をすべきなのかを静かに問いかけてくる。

【貧困ジャーナリズム特別賞】(順不同)

川和田恵真
映画「マイスモールランド」

この映画は、現在の日本の入管制度や在日外国人の置かれた状況についての問題を正面から描いている。この映画は、幼少時から日本で暮らすクルド人高校生を主人公とすることで、普通の高校生のアルバイトすらできなくなること、日本国内での移動も制限されることなどの理不尽さを多くの観客にわかりやすく伝えることに成功している。外国人が医療や就労から排除されることによって、深刻な貧困状態がつくりだされており、それは日本社会の深刻な汚点である。それをドラマとして映像化し、劇映画として成功させたことは特筆すべきである。すでに多くの賞を受賞している本作であるが、貧困問題を描いた作品としても貧困ジャーナリズム大賞の特別賞にふさわしい。評者は、深い共感の涙とともに鑑賞したことも付記したい。

櫻木みわ
書籍「コークスが燃えている」

別れた恋人との再会、思いがけぬ妊娠に出産を決意するひの子。雇止めも間近な非正規雇用の身とコロナ禍の都会で孤立を深める日々に、授かった命の手ごたえに生きていく肯定感が芽生える。恋人との微妙な温度差や距離感が、女たちのつながりを生み、伸ばした手に励ましや勇気が伝わってくる。ひとりではない。時間と場所を越えた遠く筑豊の女坑夫たちが労苦の中で紡ぎ合ってきた他者とともに生きることの意味が連綿と受け継がれていく。新たな命は得られなかったが、つながった女たちの連帯の中で、ひの子の内なるコークスは熾きはじめる。孤立と貧困の社会の実相の中から、女たちのつながりが希望の焔をもたらす秀作に感謝を。

川上敬二郎 塩田アダム 廣瀬誠ほか取材班
TBS『報道特集』「『円安、物価高で生活困窮者は?』など一連の特集」

コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻による物価高騰で生活苦にあえぐ人たちが増えている。支援団体による食料配付の列は長くなる一方で最近は若者や女性も目立つ。「報道特集」は、非正規で働く人や母子家庭など景気動向に左右されがちな人々への視座を忘れず、当事者目線で伝え続けている。雇い止めで収入がない、携帯電話を止められて仕事探しもできない、バイトの激減で大学生活に支障が出ている学生など、様々な実態を映像でリアルに伝えている。ほかにも教員の過重労働、マスク着用の広がりで口元を読み取れずに新たな困難さに直面する聴覚障害者など、「少数者」への眼差しを忘れない。徹底した現場主義に基づく報道には敬意を表したい

清川卓史(朝日新聞)
朝日新聞「『カードで借金』『母の介護費が』国の貸付、借り切っても苦境」など、コロナ特例貸付、生活保護問題などの一連の報道

コロナ禍で生活に困窮する人が続出したが、生活保護の利用は伸びず、コロナ特例貸付の利用が激増した。記者は、特例貸付を限度額まで借り切った後の人を、早い時期から取材し、苦境から抜け出せない人が多いことに警鐘を鳴らした。その後も、住民税の課税ラインをわずかに上回るボーダー層が、非課税世帯向けの給付も受けられず、特例貸付の返済開始が迫る中で償還免除の対象にもならずに追い詰められている実態や、全国の都道府県社協への調査により免除申請が貸付総数の3割超にのぼることをいち早く明るみに出した。こうした報道により、生活保護の一歩手前の支援制度の欠如、最後の安全網であるはずの生活保護の機能不全といった社会保障制度の構造的欠陥を浮かび上がらせた。ほかにも、ペットと困窮広がる学生向け食料支援困窮世帯に多いヤングケアラー問題など、貧困の実態を様々な角度から社会に伝え、人間の弱さや、現場で力を尽くす人たちに温かい視線を注ぐ報道に、多くの人が励まされてきたことと思う。




【コラム】幸福を願う(弁護士猪股正)

 2023年、埼玉総合法律事務所は開所50周年を迎える。気付けば、入所後、その歴史の過半を超える月日が経った。私のような者を受け容れてきてくれたこの事務所の懐の広さに感謝するばかりだ。

 コロナ禍が急来したこの3年間も、事務所の大会議室を利用させてもらい、臨時電話回線を引き、全国一斉電話相談会の埼玉の拠点として、計17回、合計1万5000件以上の相談に全国連携で対応した。法律家のほか、労働、医療、こころ、生活支援の専門家など延べ約500人が参加し、コロナ禍を乗り越えて、地域での協働の取組を続けることができた。

 毎回、12時間、電話に向かい続けた。低年金や無年金で、生活が立ちゆかないという高齢の人からの相談が多い。「仕事もなく、生きる目標もない。明日死んでもいい。」「餓死・孤独死が自分に近付いていると思う。」「これで最後と思い電話しました。」。ニュースが映し出す全国旅行支援や年末年始の賑わいとは隔絶した現実。高度経済成長~バブルの崩壊~リーマンショックなどの社会変動を生き抜き、高齢となった今、孤立し生きる意味を感じられない社会。自己責任の名のもとに競争を強いられ、生まれた家の経済力が人生を大きく左右し、失敗すればやり直しがきかない社会。人間として生きる意味や幸福を求めることが一部の幸運な者の手にしか渡らない社会。こんな理不尽な社会のままなら、外から攻撃されるより先に、内部から崩れていく。

 50年を振り返り、自分、事務所、地域、この国の未来を考え、何ができるかをあきらめずに考え続ける1年を歩みたい。

弁護士 猪股 正

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】奨学金保証人訴訟(弁護士鴨田譲)

日本学生支援機構の奨学金は、借りる際に人的保証を選択した場合、連帯保証人と保証人の2人を付ける必要があります。
この場合、民法上、連帯保証人は奨学金全額の支払義務を負いますが、保証人は半額しか支払義務を負いません(「分別(ぶんべつ)の利益」と呼ばれます)。
しかし、機構はこれまでに保証人に対し半額でなく全額を支払わせていたことが分かり、2019年5月、札幌地裁と東京地裁で各2名の原告が払いすぎた奨学金の返還等を求める裁判を起こしました。
2021年5月には、札幌地裁で過払金元金の返還を認める判決が下され、2022年5月の札幌高裁では、機構を「悪意の受益者」と認定し、過払金元金に加え利息も付した返還を命じました。

これを受け、機構は上告を断念し、半額以上の支払をした本件原告以外の保証人に対しても利息を付けて過払金の返還をすることになりました。
その後の2022年10月、東京地裁では和解が成立しました。
この和解では、保証人への返金通知書には理解しやすい平易な説明を行うこと、機構がデータを消去した場合であっても丁寧な対応に努めること、今後機構は保証人に対して半額を超える額を請求しないことなどを機構が約束しています。

機構については、今回のような誤りが発生した原因を十分に調査してもらいたいですが、元を辿れば機構奨学金の保証制度自体に問題がありますので、人的保証は速やかに廃止し、将来的には機関保証も廃止する必要があると思います。

弁護士 鴨田 譲

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)