【コラム】ドキュメンタリー映画『教育と愛国』を観て(弁護士 谷川生子)

今年4月の埼玉弁護士会主催「憲法と人権を考える市民の集い」は、ドキュメンタリー映画「教育と愛国」(斉加尚代監督)の上映会でした。
戦後、教育と政治は一線を画してきたはずですが、教科書検定制度等を通じてじわりじわりと政治が教育に介入し、そのスピードが加速している現実を知ることができました。

小学1年生の教科書の「パン屋」で友達と会うという記載について、2017年、国や郷土を愛する態度として不適切、という検定意見がつき、教科書会社が「パン屋」でなく「和菓子屋」に変更したエピソード。
2006年、教育基本法の改正により第2条にいわゆる愛国心条項が定められ、政治による教育現場に対する圧力が確実に強まってきたことがわかります。
内閣の閣議決定を受けて、「従軍慰安婦」「強制連行」などの用語が一部の教科書で変更されたことも記憶に新しいところです。

このような「愛国心」を目標に掲げる教育は、嫌でも戦前の軍国主義教育を想起させます。
私自身、小学校の道徳の授業で、みんな仲良く、という教えを受けましたが、今の子どもや教師が置かれている状況は当時とは異なるように感じます。
国のためではなく、子ども達のために日々奮闘している教師が、政治に翻弄され、疲弊する教育現場で、子ども達が自由に個性を伸ばし、健全に成長するとは思えません。
 
集会では、製作者から取材時のエピソードなどを聞くことができ、様々な障壁を乗り越えて作られた貴重な作品であることもわかりました。
メディアが正面切って政府のやり方を世に問うことが難しい時代、このような作品がもっと多く作られたらと思いました。

弁護士 谷川 生子

(事務所ニュース・2023年夏号掲載)




【コラム】眠る美術品(弁護士谷川生子)

コロナ渦の中、足が遠のいていましたが、昨年は何回か美術館に行くことができました。美術の知識はなくとも、心惹かれる作品に出会ったり、作品の背景をあれこれ考える時間は楽しいものです。こんな風に、多くの人にとって美術品は鑑賞して楽しむものだと思いますが、一部の人にとっては資産あるいは投資対象でしかありません。
輸入手続前に品物を保管する「フリーポート(保税倉庫)」の実態を描いた海外ドキュメンタリーを見ました。フリーポートに保管されている間は関税等の税金がかからず、しかも一時的な保管庫のはずが保管期間の延長が認められているため、超富裕層が、購入した美術品を半永久的にフリーポートに保管しているのです。数々の貴重な美術品が誰の元にも(買った本人の元にさえ)届くことなく倉庫に眠っているとは。それだけでも十分罪に思えますが、問題はフリーポート内で取引すれば税金がかからないため、マネーロンダリングや資産隠しに利用されているという点です。スイス、香港、シンガポ-ル等世界各地で前々から疑問視されているものの、多くの国は巨額の収入を見込めるフリーポートビジネスを擁護しています。
政治も美術品も限られた人のものなのかとやりきれない気持になりますが、ウクライナ侵攻後、ロシアへの制裁措置に関連して、フリーポートに新たな規制を設ける議論も起こっているようです。

いつかフリーポート内に眠っている数々の美術品を直に鑑賞できたら。生きているうちに実現するよう願っています。

弁護士 谷川 生子

(事務所ニュース・2023年新年号掲載)




【コラム】追悼 宮澤先生との思い出を振り返る(弁護士谷川生子) 

宮澤先生とご一緒した期間の短かった私が先生のことを書くのは僭越ですが、短いながらも先生と共同で事件を担当したことや、所内のイベント、飲み会で同席できたことは、私にとって貴重な経験でした。共同受任した勝ち筋の事件で「こりゃあ、儲かるぞ!ハッハッハ!」と冗談めかして言ったり、毎年、先生の誕生日頃に開かれる「宮澤カップ」で、にこやかにボウリング対決を見守る先生の姿が思い出されます。若い頃の先生は厳しく、ひたすら仕事に打ち込んでいたということですが、私はその厳しさの片鱗も見ることはありませんでした。知る限り、宮澤先生はいつも穏やかに、どんな出来事もどんな人物もすべて受け入れ、そこには何の垣根もありませんでした。依頼者からの信頼も絶大でした。いつも泰然と構えた先生は、私にとって、全てを超越した存在に見えたものです。

陸軍士官学校の士官候補生として特攻隊の訓練を受けたこともある先生は、戦後、裁判所に勤め、紆余曲折を経て弁護士になったそうです。「暴れん坊だった。」と自分のことを話す先生は、裁判所では組合活動に熱心な異端児で、(辞めてほしいがため)周囲から司法試験を受けるよう勧められ、仕事中に勉強することも許されていたとのこと。「戦後は憲法(価値の実現)のために、ひたむきに生きてきた」というのは先生の死後、奥様の言葉です。そのひたむきさが多くの人を動かし、平和な社会の礎を築くことにつながったことを思うと、これまで直接戦争を体験せずに来られたことを当たり前と受け止めてはいけないように思います。

弁護士 谷川 生子

(事務所ニュース・2022年夏号掲載)




【コラム】「自粛」の裏側 (弁護士谷川 生子)

コロナ禍が始まってから、「自粛」という言葉が日常的になりました。特に飲食業者に対する時短営業の要請や、酒類提供の自粛要請は、多くの飲食業者にとって死活問題でした。営業権の侵害だ、という声もありましたが、政府の態度は協力要請にとどまり、形式上、政府の要請に応じるかどうかは各業者の自由でした。これを「公権力の行使」として、直ちに憲法上保障された個人の営業の自由の侵害というのは困難です。しかし、要請に応じない飲食店に対する国民の非難、「自粛警察」という現象が生まれたりしたことからすれば、社会による事実上の強制力は大きかったといえます。

日本には、中国や欧米諸国のような強力なロックダウンを実施する法的な根拠はなく、その分、国家による人権侵害の場面が少ないようにも思えます。しかし、政府の協力要請等、行政指導に分類される各行為の国民に対する影響力が大きい場合、事実上ロックダウンと同じ効果を及ぼす場合があり得ます(既にあったといえるかもしれません。)。一般的に行政指導は、その事柄の性質、社会に与える影響力等の諸事情を考慮して評価されるべきとされており、個人の活動を強く抑制する効果の発生が想定される場合には、より厳格な法的手続の整備等が求められます。

まだコロナ禍は続き、飲食店に限らず、今後、政府がどのような対応を取り、それがどのように国民生活に影響を及ぼすかわかりません。新たにオミクロン株が発生し、感染防止対策は重要ですが、個人の活動が制約されすぎないよう注視する必要があります。

弁護士 谷川生子




【コラム】「丸八」労働事件(弁護士谷川 生子)

布団のマルハチ」で知られる丸八ホールディングスと、その子会社、ハッチーニ丸八の労働事件に携わっています。ハッチーニ丸八の労働者は、布団等の訪問販売業務に従事してきましたが、あるとき業務委託契約に切り替えられ、長年にわたり、会社から事務手数料、運営手数料等、様々な経費を収入から控除されてきました。経費を控除される結果、毎月の手取り収入を0円とされたり、マイナス分を翌月につけ回されるなど、生活を維持することが難しい状況に陥っています。働き方は正社員だった頃と変わらないにも関わらず、経費のみ負担させられるというのは、偽装請負に他なりません。

当事者は、労働組合を結成し、偽装請負を止めさせ、労働者としての権利を確立するために、丸八ホールディングスに団体交渉を求めましたが拒否され、埼玉県労働委員会に救済申立を行いました。また、業務委託契約は公序良俗に反し無効であることなどを理由として、過去に控除された経費相当額の返還を求め、さいたま地方裁判所に提訴しました。救済申立事件においては、労働組合法上の労働者性、経費返還請求事件においては、労働基準法上の労働者性がそれぞれ争点となっています。
これから人証を含め立証活動が本格化しますので、弁護団の一員として注力したいと思います。

弁護士 谷川生子

(事務所ニュース・2021年夏号掲載)

 




みんなで育てる(弁護士 谷川 生子)

昨年11月、「働くこと」をテーマにした子ども向けのイベントに参加しました。小学生~高校生までの子ども達に、働くときの基本的なルールを知ってもらい、実際に様々な分野で働く人と接することで、仕事の理想や未来の自分が働くイメージをもってもらおうという企画です。

換気・消毒に気を配りながら、看護師、調理師、イラストレーター、鉄道整備士等の各分野で働く人が、ブースに分かれて話したり、子ども達に仕事の一部を体験してもらったりしました。沢山の子ども達が集まっているイラストレーターのブースを横目に、弁護士の話は面白くなさそうよねーと思いながら座っていると、数人、話を聞きに来てくれました。日々の仕事をわかりやすく伝えるというのは難しく、弁護士の堅いイメージを払拭することはできなかったと思いますが、こんな仕事もあるのね、と頭の片隅に置いてもらえたかもしれません。

子ども達は、不安や怖れを抱きつつも、やっぱり未来へのわくわくするような気持を持っています。どんな仕事でも、やりがいを見い出し、働くことの楽しさを感じてほしい。その場にいた大人全員が願ったことでした。
この一年、またそんな機会を大切にしたいと思います。

弁護士 谷川 生子

 

(事務所ニュース・2021新年号掲載)

 




事務所スナップ(弁護士 谷川 生子)

今では遠い昔の出来事のようですが、昨年12月に事務所旅行でベトナムのハノイへ行きました。

所内にベトナムに関する本を何冊か置いて予習しましたが、やはり「百聞は一見にしかず」です。フランスの文化が色濃く残る街並み、多種多様なハーブを使った料理には心惹かれました(帰国後、思わずベトナム料理の本を買ってしまったほど。)。都市部ではバイクの交通量に圧倒され、信号と関係なく迫ってくるバイクに轢かれそうになりながら、皆で必死に横断歩道を渡ったことも良い思い出です。それでもハノイは南部のホーチミンに比べ、どこか牧歌的でのんびりした雰囲気がありました。ハロン湾を船で周り、船の中で魚介料理を堪能するなど、今にして思えばなんと贅沢な旅でしょう。焼き物の村と言われるバッチャン村で買った鍋敷きを見ると、観光でもっていたあの村は今どうなっているのかと思います。
報道によればベトナムは、新型コロナウィルスの感染者数が比較的少ないようです。それでも経済的なダメージを免れたはずはなく、この先のことは予測もつきません。

そのときその場でしか味わえない空気。また事務所旅行を企画できるのは、いつになるのでしょうか。

弁護士 谷川生子

 

(事務所ニュース・2020夏号掲載)

 




広がる「終活」(弁護士 谷川 生子)

私はわりと引越の経験が多いほうです。弁護士になってからは、4回引越しました。引っ越すたびに、窓から見える風景、通勤経路も変わり、自然と気持ちが改まりました。新しい部屋の周辺をぶらぶらしながら、面白そうなお店や、綺麗な公園を発見するのは楽しいもので、引越は嫌いではなかったのです。でもそれは、昨年までのことでした。昨年の引越で大量の物を目の前に、初めて途方に暮れました。比較的長く住んでいたのですが、この部屋のどこにこれほど沢山の物が?結局多くを廃棄処分し、地球に厳しい自分の存在を認めざるを得ませんでした。

引越ではないですが、遺された人にこのような思いをさせたくない、あるいは周りに頼める人がいない、という方から、自分の死後、必要となる片付けや諸々の手続を第三者に頼んでおきたい、という相談を受けることがあります。単身世帯が増え、また少子高齢化の進む中、死後事務委任契約の需要は増えているようです。私より若い方からそのような相談を受けることもあり、「終活」はすっかり浸透しているなと感じます。

引越は大変でしたが何とか落ち着き、気持も新たに、今年もよろしくお願いします。

弁護士 谷川 生子

 

(事務所ニュース・2020新年号掲載)

 




民法改正 特別の寄与の制度 (弁護士 谷川 生子)

①従来の寄与分
従来、妻が長年夫の父の療養看護に貢献し、夫の父が亡くなった場合、妻は相続人でないため、相続財産から分配を受けることはできませんでした。
この場合、相続人である夫の寄与分という形で妻の貢献について事実上考慮されてきましたが、夫が父よりも先に亡くなった場合にはそれもできず、不公平な結果となっていました。

②特別寄与料の請求
そこで、相続法改正により、相続人ではない被相続人の親族が、相続人に対し、その貢献に応じた特別寄与料を請求できることになりました(民法1050条)。
要件は
⑴相続開始時点で被相続人の親族に当たること、
⑵無償で療養看護その他の労務(家事従事など)を提供したこと、
⑶労務の提供により被相続人の財産が維持され又は増加したこと、
⑷「特別の」寄与であること(報われて当然と思われる顕著な貢献)、
⑸相続の開始及び相続人を知った時から6ヶ月以内及び相続開始時から1年以内であることです。

③寄与料の額
では、具体的な寄与料の金額はどのように決まるのでしょうか。条文上、寄与の時期、方法、程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して定めるとされています。
例えば療養看護に努めた場合でも、介護報酬相当額×療養看護の日数分の寄与料が認められるわけではなく、従来の寄与分の算定方法が参考にされるようです。
なお、この規定は、令和元年7月1日から施行され、施工日前に開始した相続については、適用されません。

弁護士 谷川 生子

 

(事務所ニュース・2019夏号掲載)




音楽と共に(弁護士 谷川 生子)

「Sogo Music Festa 2018」開催の翌日に、この原稿を書いています。事務所初の音楽会の試みで、昨夜は大いに盛り上がりました。歌や踊り、リコーダーの合奏、ピアノ、サックス、ギター、ハーモニカのソロ、アンサンブル、最後は「見上げてごらん夜の星を」を皆で歌って、楽しい会となりました。私もアンサンブルに参加し、サックス、トロンボーン、ギターのメンバーと一緒に、拙いピアノを弾かせて頂きました。出来はともかく、最後までなんとか弾くことができました。
中学生の頃、校内合唱祭でピアノ伴奏中に突然手が止まってしまった経験を持つ私としては、トラウマを克服?した記念すべき日といえます(クラス自体は合唱祭で優勝したのでセーフ)。高校時代は吹奏楽部で3年間、ホルンを吹いたり、昔は楽器が身近にありましたが、音楽の力をしみじみ感じたのは弁護士になってからです。
あくせく働く弁護士も、病気や経済的困窮で苦しむ人も、毎日の生活の中で触れる音楽に救われていたりします。人間には、健康で「文化的な」生活がどうしても必要なのです。

弁護士 谷川 生子