憲法は、みんなの夢を守るアンパンマン-若者が自分らしく「生きる」ことを支える社会へ ―
はじめに
長年、貧困問題の現場で取り組んでいる。追い詰められた人々の声は後を絶たず、この国では、人間が本当の意味で「生きる」ということが蔑ろにされ続けている。リーマン・ショックやコロナ禍などの危機を経て、労働や社会保障のあり方を含む社会の構造的な課題が露呈しても、一時凌ぎの対応のみで、貧困や格差、人々の生きづらさを生み出す社会構造は変わらないままである。その最大の犠牲者が若者だ。
NHKの朝ドラ「あんぱん」をご覧になった方も多いと思う。ドラマに登場するセリフ 「何のために生まれて、何をして生きるか。わからんまま終わるのは嫌だ。」。この思いを応援し、自分らしく生きることを追求できるよう支えるのが憲法だ。ところが、この国の制度は、憲法13条や25条を形骸化させ、若者が個性ある人格として「生きる」ことを支えるどころか、あきらめさせるものとなっている。 日弁連は、2018年、「日本の社会保障の崩壊と再生-若者に未来を-」をテーマに人権擁護大会を開催した。私も、スウェーデン等の調査を含む1年間の調査研究、「若者が未来に希望を抱くことができる社会の実現を求める決議」の起草などに関わり、その過程で多くの若者の声を聞いた。まずは、若者の苦悩の声をご紹介し、若者が「生きる」ことを阻む要因となっている労働や社会保障のあり方を考える。その上で、憲法の趣旨を踏まえ、若者が希望を持って生きることができる社会へと転換する方策について述べたい。
1 日本の若者が抱える生きづらさ
⑴ 若者の声―失敗が許されない、生きる意味を感じられない
各地で聴き取った若者の声の一部をお伝えしたい。
「親や学校の言うことに従うように求められたり、周りからの同調圧力の中で育ちながら、高3で突然選択を迫られる。」
「受験戦争はしんどい。見えない“敵”を蹴落とす。」
「失敗が許されないから、大学進学率の良さで高校を選び、就職率の良さで大学を選んだ。」「いざ大学に入ってみると、大事なのは勉強することよりいい企業に就職すること。お金がないと何もできない時代。就職もできない、生きられない、夢を叶えられない。学生は、いい会社に就職するためには何をやろうかと考える。いったい、何のために生きているのかわからない時代。そんなことだったら、もうここで人生を終わりにしてもいいと思ってしまう学生もいると思う。」
「自分がいてもいなくてもあまり変わらないんじゃないかなという思い。親の学費をむさぼりくって、親に迷惑かけて、何のためにやっているのかな。いてもいなくても、そんなにかわらないしな、親に迷惑をけているだけだからなと思う。自分がいる意味あるのかなと思う。」
「バイトしないと生きていけない。バイトに追われて考える余裕がない。バイトにばかり時間、政治について考える時間もなく、怒りを持つ時間もなく、自己責任を内面化して就職していく。社会がおかしいと思っている学生はいっぱいいると思うが…社会を変える方法がわからないから、現状肯定」
「安定した正規に就かなければならないというプレッシャー」
「将来の夢だった介護職だが、給料の低さを知り、安定を優先して他の職業を選んだ。」
「レールから外れてしまった自分に絶望してひきこもりになった。それも自己責任」
「自分が選んだと言われる。本当は選ばざるを得なかったのに、選んだということでそれを引き受けることになり、困難な状況を選び取ったとされて生きているという状況。…私のまわりの人たちは30歳になったら死にたいという人たち。だからといって社会保障をどうするかは考えていない。将来のことを考えると死にたくなるので考えない。…子どもをもつとか考えない。年金も保険料も払っていない。60歳まで生きられるとは考えていない。」
「苦痛に耐えてまで生きる価値があるのか。ふんばりを効かなくしている。がんばってどうなるねんという、どんずまり感。未来を考えるのが怖い。対策がなく、他に選択肢がなければ現状肯定の方がいい。選挙は行っても変わると思えないから行かない。」
⑵ 諸外国との比較
日本の若者の生きづらさを示すデータにも触れておきたい。
ア 自己肯定感、将来への希望など主要7か国中最下位
アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、韓国、日本の7か国の国際比較では、「自分自身に満足している」若者の割合は、日本が45.8%であり、韓国(71.5%)、アメリカ(86.0%)、スウェーデン(74.4%)などの他国と比較して顕著に低い。「職場の満足度」や「自分の参加により社会現象が変えられるかもしれないと考えている」若者の割合も、低い。「自分の将来に明るい希望を持つ」若者の割合も、日本は61.6%と韓国(86.4%)、アメリカ(91.1%)、スウェーデン(90.8%)などの他国と比較して大幅に低い。7か国の中で、いずれも最下位である(内閣府「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」)。
イ 自殺の死亡率の高さ
自殺の死亡率(人口10万人あたりの死亡数)をみても、日本は20〜29歳で21.3であり、G7各国の中で最も高い(厚労省令和6年版自殺対策白書)。
ウ 国連・世界幸福度レポート2025
国連が毎年発表している世界幸福度レポートでは、2025年は、日本は147か国中55位。幸福度に用いられている6つの指標のうち、健康寿命が3位に対し、社会的支援48位、人生の選択の自由度79位、社会的寛容さ137位となっている。また、日本は、若者の社会的孤立が際立って高く若年人口の30%以上で、若年層の社会的支援のレベルが最も低いと報告されている。日本の若者が、不寛容な社会で社会的支援も受けられずに孤立し、自分らしく「生きる」ために人生を自由に選択することが容易ではない社会で、長生きだけはできるという状況が示唆されている。
なお、幸福度1位は8年連続でフィンランドであり、2位はデンマーク、4位がスウェーデン、7位がノルウェーとなっており、普遍主義を実践している北欧諸国が上位を占めている。
エ 「生きる」意味を見出せない日本の若者
私たちがヒアリングしたのは数十人だが、こうした調査からも、日本の若者の多くが、諸外国と比較して自己肯定感が低く、自己の参加により社会に影響を及ぼし得るとは考えられず、社会的に孤立し、将来に希望を抱けない状況にあることが読み取れる。
2 若者の生きづらさの社会構造的要因
若者を生きづらさへ追い込むのではなく、若者が自分らしく幸せに生きられる社会を築くには、まず、日本の若者が抱える生きづらさを生み出す要因を考える必要がある。それは、「失われた30年」と言われる1990年代半ば以降の新自由主義と結び付いた社会構造の変化と密接に関連している。
⑴ 労働の不安定化
1995年、日経連の報告書「新時代の『日本的経営』」で、正規雇用を絞り込み、非正規雇用へ置き換えていくという雇用改革案が打ち出された。非正規雇用は、有期雇用(契約社員など)、短時間労働(パートなど)または間接雇用(派遣)の特徴を持つ。非正規は、正規に比べ、賃金が低く、年齢を重ねても賃金が上がらない。そのため家族を支えるだけの収入を得にくく、配偶者のいる割合も顕著に低くなっていることなどが統計上も明らかだ(厚労省「賃金構造基本統計調査」など)。細切れ雇用でダブルワーク、トリプルワークを余儀なくされたり、有期雇用や派遣労働では雇用継続が不透明で将来を見通せない。正規に比べ職業訓練を受ける機会も乏しく、一度非正規になると正規へと転換するのは容易ではない。こうした低賃金で不安定な非正規雇用が顕著に増加し、1995年当時の2割程度から今や4割程度にまで増加し、女性では約55%になっている。
リーマン・ショック後の年越し派遣村の取組、政権交代により一時抜本的改革の機運が高まったが、その後、「働き方改革」や「女性が輝く…」との言葉が踊っても、抜本的な見直しはない。働き方が壊れた影響は極めて大きく、人口減少が進むのは以前から目に見えていたが、今も基本的に変わらないままだ。
1⑴の若者の声にもあるように、正規か非正規かで一生を大きく左右され、一度レールからはずれるとやり直しが効かない。そのため、受験や就職活動のプレッシャーは極めて大きく、若者が青年期というかけがえのない「今を生きる」ことを困難にし、自分が何になりたいか、何をしたいかより、収入や安定の方を優先することを余儀なくされる。
⑵ 脆弱な社会保障と「合理化」の名による削減
失敗しても、やり直しのための跳躍台となるのがセーフティネットであり社会保障の役割だ。しかし、日本では、高度経済成長時代の成長の果実を、社会保障の充実に当てるより、減税という形で国民に還元し、1990年代には富裕層や大企業優遇の減税政策が繰り返された。その結果、必要な歳出を税収で賄えず、赤字国債で穴埋めするという、財源調達能力が低い税制となった。そのため、財源不足が強調され、「合理化」の名の下に、自己負担増や給付削減などの社会保障の実質的な削減が進んでいる。
ア 失業給付
例えば、失業時に所得を保障する失業給付は、2000年代以降、要件が厳格化され、受給期間も短縮され、失業者の中での利用率は20%そこそこという低い水準にとどまっている。積極的労働市場政策(職業訓練など労働者を社会に統合するための政策)に向けられる公的支出も、ヨーロッパ諸国に比べて顕著に少ない。失業時の所得保障が脆弱で、スキルアップも容易でないため、安心して転職の準備をすることができない。そのため、「何をして生きるか」より、食うために収入を得ることを優先せざるを得ず、若者がブラック企業に吸い寄せられていく構造がある。
イ 住まい
生活の基盤である住居も、公営住宅が少なく、家賃補助制度もないに等しいため、若者が、親元を離れて独立生計を営むことが困難となっている。
ウ 家族・子育て
子育てに費用がかかり、子育て支援もまだまだ乏しいため、非正規雇用など低賃金で不安定な働き方の問題と相まって、結婚して子どもを持つことは、経済的にも仕事継続上もリスクが大きい。そのため、若者の非婚化・晩婚化が進み、20代後半の女性の未婚率は1985年の約30%から2020年には65.8%となっている(厚労省「年齢階級別未婚割合の推移」)。
エ 学び
若者の自己実現のためには、学びたいときに学べること(教育)が極めて重要だ。日本の公財政教育支出の対GDP比は、OECD諸国の中で最低水準であり(財務省2023年文教・科学技術 (参考資料))、公的支援が乏しい。貧困と格差の拡大、学費の高騰、脆弱な奨学金制度などを背景に、若者が学生生活を犠牲にしてアルバイト就労を余儀なくされるなど、若者の学びが困難な状況がある。また、高校卒業後に4年制大学へ進学するか否かは、両親の年収と明らかな相関があり、年収が高いほど進学率が高く(東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「高校生の進路と親の年収の関連について」)、生まれた家庭の経済力によって受けられる教育が左右されるという理不尽な状況が続いている。
⑶ 「自己責任」論
自己責任、自助自立が第一に強調され、公的責任が縮小・曖昧化されている。1⑵の若者の声にもあるように、競争と自己責任が喧伝される社会の中で、若者は、受験や就職活動で失敗し、学べないのも、仕事に就けないのも、結婚できないのも、自分のせいだと自己責任を内面化する。自己肯定感や、社会に参画して影響力を及ぼす力を奪われ、追い詰められ疲弊していく。
⑷ 選別主義と、進む社会の対立・分断、他者を助けない国へ
日本の社会保障制度は、「自己責任」論と結び付いた選別主義であり、所得・資産調査を課して、「本当に困っている人」を選別し、対象者を限定して集中的に現金給付を移転するという制度となっている。また、日本は、現金給付のターゲットが高齢者に偏った高齢者偏重型選別主義に分類され、現役世代の所得保障が弱く、貧困が温存されていると指摘されている。
選別主義では、対象者と非対象者が線引きされる。生活保護が典型だが、所得調査等による選別を伴うことにより国家公認の貧困者になるというスティグマ(恥の烙印)が生じるため、自ら制度利用を忌避し「漏給」が生じる。この30年、非正規が広がり、実質賃金も上がらず、収入と貯蓄が減少し、多くの人が中間層から低所得層に移行した。にもかかわらず、社会保障の脆弱性ゆえ、社会保障に支えられないまま、自己責任を求められ、困窮し追い詰められている人が多い。そのため、生活保護バッシングに見られるように、社会保障の対象となっている一部の人ばかりが特別に優遇されているとの偏見や不寛容が広がり、また、他者のために税を負担することへの反発が広がっている。
こうした日本人の意識は、国際社会調査プログラム、世界価値観調査などの調査結果にも現れている。「国際社会調査プログラムの政府の役割についての国際比較調査2016」によれば、 「病人が病院に行けるようにすること」は政府の責任ではないとした人の割合が、35カ国中、日本は1位。同様に、「貧困世帯の大学生への支援」は政府の責任ではないとした人の割合も1位となっている。
このように、日本は、格差と不信の相互作用の中で、他者を助けない国へと向かっている。不寛容、対立・分断が広がる他者を助けない社会の中で、国連のレポートでも指摘されているように、若者が孤立し、社会的支援も乏しいという状況に立ち至っている。
3 「生きる」ことを支えるのが憲法
憲法13条は、前段で「すべて国民は、個人として尊重される。」として「個人の尊厳」原理を規定し、後段で幸福追求権を保障している。
冒頭に述べたNHKの朝ドラ「あんぱん」の 「何のために生まれて、何をして生きるか。わからんまま終わるのは嫌だ。」。「アンパンマンのマーチ」にも同じ趣旨の歌詞があり、次の歌詞へと続く。「今を生きることで 熱い こころ 燃える だから 君は いくんだ ほほえんで そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも ああ アンパンマン やさしい 君は いけ! みんなの夢 まもるため」
ここに、憲法13条の精神がわかりやすく表現されている。憲法は、みんなの夢を守るアンパンマンだ。難しく言い換えれば、「個人の尊厳」原理は、個人は、それぞれ個性を持った異なる人格を持ち、一人ひとりの人間が異なる人格の担い手として、国政のあらゆる場面で最大限尊重されなければならないという原理である。この「個人の尊厳」原理をうけて、人間の一人ひとりが、“自らの生の作者である”ことに本質的価値を認め、主体的に自己にとっての「善き生」を自律的に選択して追及できる自由を保障するのが幸福追求権である。そして、憲法25条は、“自らの生の作者である”ための必要な条件を確保するため、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利としての生存権を保障している。
「何のために生きているのかわからない…もうここで人生を終わりにしてもいい…」「自分がいる意味あるのかなと思う。」「お金がないと何もできない…生きられない…」「レールから外れてしまった自分に絶望」。アンパンマンの歌詞とは対照的な日本の若者たちの声。
自分は何のため生まれ、何をして生きるのか、試行錯誤しながら夢や希望を持ち、幸せを追求していく自由、自己実現を追求する自由を守るのが憲法だ。ところが、今の日本では、上記のとおり、労働、社会保障、税制などの制度が、若者が自己実現を追求する自由を保障するどころか、これを封じている。憲法13条、25条が形骸化し、若者を不幸に陥れ続けている状態を放置してはならない。
4 若者が「生きる」ことを追求できる自由を保障するために
若者を不幸へと追い込む理不尽な社会構造をどうすれば変えられるのか。
⑴ 対称軸としての北欧諸国
別の道を歩んでいる諸外国に学び、実現可能なオルターナティブをイメージすることが重要だ。選別主義で貧困と格差が深刻化し、財政赤字が膨張する日本と対照的なのが、普遍主義を実践し、貧困と格差を低く抑え、累積債務も少なく、幸福度も高く、政府に対する信頼も厚く、人々の連帯が重視されている北欧諸国だ。普遍主義は、社会保障給付を所得調査抜きに、すべての市民を対象として行う。
その代表であるスウェーデンでは、すべての人の自己実現を支えることが目指されている。その理念のもと、高等教育に至るまで教育が完全に無償であり、学生はCSN(中央学習補助委員会)からの給付金・貸付金で生計を立て、親の経済的支援に依存する必要がない。いつでも、どこでも、誰でも学ぶことができるシステムのもとで、大学入学の平均年齢は25歳と高く、「何のために生まれて、何をして生きるか。」、働きながら試行錯誤する道が開かれている。青年期それ自体に価値を認め、若者の多様性や影響力を重視し、社会への積極的参加を促進し、民主主義と社会連帯の担い手となることを重視した若者政策が推進されている。例えば、中高生には、選挙権はないが、国政選挙などに際し、実際の候補者に投票する「学校選挙」が実施され、民主主義を学び練習する。若者の投票率は80%を超え、30%台で推移する日本とは対照的である。
⑵ 人間らしい労働の保障、普遍主義のベーシック・サービス(BS)で基礎的ニーズを充たす
ア.理念と中長期のプロセスの明確化
上記3で述べた若者の生きづらさの社会構造的要因を直視し、自己実現を目指して人間が「生きる」ことを最大限尊重せんとする憲法の理念を大きく掲げ、その理念を実現するための中長期のプロセスを示しながら、労働や社会保障、税制のあり方などを転換していく必要がある。
イ.労働を立て直す
まず、若者の生きづらさをはじめ、様々な社会の歪みの原因となっている労働のあり方を本当の意味で「改革」する必要がある。具体的には、正規雇用を原則とし、尊厳ある生活を保障する最低賃金、同一価値労働同一賃金、失業時の所得保障、積極的労働市場政策の抜本的拡充するなど、人間らしい労働(ディーセントワーク)を実現することが必要だ。
ウ.BSで土台を支え、広く税負担への同意を得る
「自己責任」ではなく、人間が「生きる」ことを支え、選別主義を普遍主義へと転換する必要がある。所得の多寡によって選別せず、すべての教育の無償化など、お金ではなく、普遍的な「現物給付」(社会サービス)で人々のニーズを充たす。
このような普遍的な現物給付のあり方について、財政社会学者の井手英策教授は、次のように述べられている。人間のもっとも基本的なニーズは「社会的な生活への参加」「健康」「自律」の3つである。「社会的な、人間らしい生活」とは、社会の中で役割を持つ、人と人との関係に加わる、これらの人間らしい「生」をさすとし、そのような「生」を保障するためには、「健康」に生きられること、そして、考え、自ら選択していくための「精神の自律」が保障されなければならない。医療、介護、障害福祉は健康の観点から、保育は親の社会生活への参加の観点から、教育は大学教育も含め人間の「精神の自律」の前提だとし、こうした人間が生きていくために必要なサービスはベーシックサービス(BS)としてすべての人にアクセスが保障されるべきとし、ベーシックサービスは、「人間の命と暮らしの土台をつくる」ものであり、選択の自由のための経済的土台こそが、ベーシックサービスであるとしている。私は、この考え方に賛同している。
このようなベーシックサービスにより、中間層を含む広範な人々の受益感を満たし、対立・分断を解消し、税負担への同意を促し、財源調達能力が低下した税制を立て直す。
エ.現役世代の所得保障(現金給付)の充実
そうして確保した財源で、ベーシックサービスを維持するとともに、住宅手当制度の創設、出産・育児休業・児童手当などの家族給付の拡充など、所得の欠如度合いに応じた「現金給付」を行うことにより、手薄となっている若者を含む現役世代の所得保障を充実させる。
オ.「生きる」ことを支え合う連帯の社会へ
人間らしい労働へと立て直し、あわせて、所得制限のないベーシックサービス→税制の財源調達機能の強化→所得の欠如度合いに応じた現役世代の所得保障の充実により、どんな家に生まれたかで一生が決まってしまうような理不尽な社会を変え、弱者を生まない社会、互いに「生きる」ことを税で支え合う信頼と連帯の社会、若者が「何をして生きるか」を遠回りしながら試行錯誤できる寛容な社会を構築する。
最後に
社会構造を変えるのは容易ではないが、個々の現場で取り組み(ミクロ)、地域の中で医療者や法律家などが連携して「社会的処方」の取組などを広げ(メゾ)、ボトムアップで若者の生きづらさの要因である社会構造を変えていく(マクロ)ことが重要だと思う。貧困家庭の子どもたちの教育支援事業・アスポートを育てあげ亡くなられた尊敬する白鳥勲さんの言葉を紹介させていただく。「この30年で、連帯する心と技術、対話する心と技術、支え合う心と技術が失われた。しかし、人間が意図的に作った社会の困難を人間が変えられないはずがない。変化が変化として現れるまでは、水面下の『ちっぽけ』ともいえる動きの積み重ねが無数に合流して初めて見えてくる」。私たちができる小さな一歩を、対話と連帯で積み重ねていきたい。
【参考文献】
・.佐藤滋・古市将人「租税抵抗の財政学―信頼と合意に基づく社会へ―」(岩波書店)
・.高端正幸・近藤康史・佐藤滋・西岡晋「揺らぐ中間層と福祉国家―支持調達の財政と政治」(ナカニシヤ出版)
・.訓覇法子・神野直彦(対談)「特集 いま、スウェーデンの歴史から学ぶものは何か~変革のために」(賃金と社会保障、2024年、第1854号)
・.井手英策「幸福の増税論―財政はだれのために」(岩波新書)
・.井手英策「ベーシックサービス 『貯蓄ゼロでも不安ゼロ』の社会」(小学館新書)
(※本原稿は、『大阪保険医雑誌』2025 年7 月号特集に掲載いただいた原稿に、若干の加筆・修正を加えたものです。)
(弁護士 猪股 正)