労働災害(労災)についての詳細解説

「労働災害」とは?

労働者が仕事中に事故や災害などに遭って負傷したり、病気にかかったり、さらにそのケガや病気が原因となって障害が残ったり、亡くなったりした場合、これを「労働災害(労災)」といいます。
工場内で作業をしている時に機械に指をはさまれて切断してしまったとか、倉庫内で塗装の吹きつけ作業をしていたら換気が不十分で有機溶剤中毒にかかってしまったといった場合が典型的な労働災害にあたります。

労働災害に遭ったら何をすべきか

証拠の収集

労災保険の申請をするにも、事業主に損害賠償を請求するにも、まず、災害発生状況や職場の労働環境の実態をきちんと把握しておく必要があります。

事故の発生に労働安全衛生法や刑法などの法律違反が指摘できるようなケースであれば、労働基準監督署が調査に入ることになるので、その資料を後日、情報公開請求等によって入手するということも不可能ではありません。しかし、そのような事情がなければ、自分の力で、現場の写真を撮影したり、事故の目撃者から事情を聴いてその内容を録音しておくなど、証拠の収集・保全に努める必要があります。

長時間労働による疲労の蓄積が事故の発生に影響しているようなケースでは、タイムカード、営業日報などが労働実態を把握する資料として重要になります。機械の欠陥、整備不良によって事故が発生したようなケースでは、機械のカタログ、整備点検記録などが役に立ちます。

どのような資料が必要になるのか判断がつかない場合には、まず、弁護士に相談をしてみてください。

証拠保全の申立て

労災事故に関連した証拠を会社側が所持しているが、その提供に協力してくれない、あるいは、責任追及を恐れて、もしかするとその証拠を破棄してしまうかもしれないといった場合には、裁判所に証拠保全の申立てをすることを検討する必要があります。

証拠保全とは、あらかじめ証拠調べをしておかないとその証拠を使用することが困難になる事情があると認められるとき、裁判所が、関係者の尋問や現場の検証、書証の取調べ等を行うという手続です。医療過誤事件でよく使われる証拠収集の手法ですが、労災事件でも活用することができます。

弁護士への相談

労災保険の請求をしたけれども労働基準監督署に請求を認めてもらえなかったとか、会社に賠償を求めたけれども取り合ってもらえない、さらには、そもそも会社に補償・損害賠償を求めることができる事故と言えるのか自分では判断ができないといった場合には、まず、弁護士に相談してみてください。労働問題に精通した弁護士が相談にあたります。

 労災保険による補償

労働災害で被災してしまった場合、まず、労災保険制度による補償を受けることが考えられます。

労災保険とは、労働者災害補償保険法という法律に基づいて作られた労災の補償の仕組みをいいます。業務上の災害または通勤災害によって労働者が負傷したり、疾病にかかったり、障害が残ったり、死亡したりした場合に、被災した労働者またはその遺族に対し、政府が保険給付を行うというものです。

保険給付の種類には、「療養補償給付」(治療費、薬代、入院時の食事代、看護費など)、「休業補償給付」(負傷・疾病によって療養のため休職した時の補償)、「障害補償給付」(負傷・疾病によって障害が残った時の補償)、「介護補償給付」(重い障害が残った方の介護費用の補償)、「遺族補償給付」(被災者が死亡した時に遺族に支払われる給付)、「葬祭費の補償」などがあります。

労災保険は、事業所に雇用される労働者であれば、誰でも保険給付を受けることができます。パート、アルバイト、契約社員、日雇いといった雇用形態に関わりありませんし、ビザの有効期限が切れてしまっている外国人労働者であっても給付を受けることができます。

『会社役員』と労災保険給付

会社の経営者、業務執行権を有する取締役、理事、代表社員は、労災保険の給付を受けることはできません。しかし、会社の役員であっても、工場長や部長など従業員としての身分も併せ持っているいわゆる兼務役員については、労災保険の給付を受けられる場合があります。
通達でも、「法人の取締役、理事、無限責任社員等の地位にある者であっても、法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者で、事実上、業務執行権を有する取締役、理事、代表社員等の指揮、監督を受けて労働に従事し、その対償として賃金を受けている者は、原則として労働者として扱うこと」とされています(昭和34年1月26日 基発第48号)。

労災保険給付の請求手続

従業員が労災事故に遭った場合、しっかりした会社であれば、被災者本人に代わって事業主が労災保険の請求手続を代行してくれることが少なくないと思います。
しかし、事業主が手続をしてくれないという場合には、被災者本人(死亡事案の場合には遺族)で請求することができます。

労災保険給付の請求書の用紙は労働基準監督署に備え置かれています。請求書の記入の仕方については、厚生労働省のホームページに各種労災保険給付の請求書の記載例があり、参考になります。
それでも記入の仕方がよくわからないという場合には、一度弁護士にご相談ください。

事業主から請求書の証明を拒否されたら?

労災保険給付の請求書には「事業主証明書」の欄があり、災害発生の原因や状況、被災者が受領していた賃金等について事業主に証明をしてもらうことが必要になります。ところが、事業主がこの証明に協力してくれないということがあります。
その場合には、証明を拒否されてしまった経緯を説明した上申書を添付することにより、事業主証明がなくても、申請を受けつけてもらうことができます。

事業主が労災保険の保険料を納めていなかったら?

事業主が労災保険の加入手続を怠っていたり、保険料を滞納していたという場合であっても、労働者は労災の保険給付を受けることができます。というのは、労災保険制度は労働者を保護するための仕組みですから、労働者を一人でも雇い入れた事業所は、その日から労災保険関係が成立するとされているためです。
もちろん、この場合、事業主は遡って保険料を納めなければなりませんし、労働者に対する給付額に最高40%を乗じた額を費用徴収されることになります。しかし、労働者に不利益は生じません。

「業務上災害」、「通勤災害」と認定されるための基準

労災保険の給付が行われるのは、「業務上災害」、「通勤災害」に該当する場合に限られます。どのような要件を満たせば、「業務上災害」、「通勤災害」として労災保険の支払いを受けられるのでしょうか。

【「業務上災害」の認定】

労災保険における「業務上災害」とは、労働者が事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験法則上認められる場合をいいます。
労働者が労働契約に基づいて使用者の支配下にある時の被災であることを「業務遂行性」、使用者の支配下にあることに伴う危険が現実化したと経験法則上認められることを「業務起因性」といい、この2つの基準によって業務上災害と言えるかどうかが判断されます。

例えば、休憩時間中は業務から離れてはいますが、休憩時間を事業所内で過ごしているような場合には、使用者の支配下にあると言えるので、業務遂行性は肯定されます。
したがって、あとは事業所施設の欠陥によって事故が発生した場合のように勤務時間中であっても同様の事故が発生する可能性があったと言えさえすれば、業務上災害と認められることになります。

逆に、勤務時間中の事故(したがって、「業務遂行性」は肯定される。)であっても、例えば、同僚と私的なもめごとから喧嘩になってケガをしたというような場合には、「業務起因性」が否定されるため、業務上災害には当たらず、保険給付を受けることもできません。

【「通勤災害」の認定】

労災保険法では、保険給付の対象とする通勤災害の「通勤」について、「労働者が就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復すること」をいうとしています。
そして、往復の経路から逸脱・中断した場合には、経路の逸脱・中断をしている間およびその後の往復については、「通勤」から除くとされています。

帰宅途中に居酒屋に立ち寄り、それなりの時間お酒を飲んだというような場合には、居酒屋での飲酒中、そして、居酒屋から帰宅するまでの移動中に事故にあっても「通勤災害」とは言えないということになります。

もっとも、夕食の惣菜を購入するとか、医者の診察を受けるなど日常生活に必要な最小限度の行動をする場合には、その用事を終えた後の移動については「通勤」となるとされています。

納得の行く保険給付が受けられない場合 -不服申し立ての手続-

労災保険の請求をした結果、労働基準監督署長から保険給付をしないという「不支給決定」を受けてしまったとか、支給決定は出たけれども、考えていたよりも低い障害等級の評価になってしまった場合などには、各都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に対し、「審査請求」という不服申し立てをすることができます。
審査請求は、保険給付に関する決定があったことを知った日の翌日から起算して3ヵ月以内に行う必要があります。

労働者災害補償保険審査官の決定にも不服がある場合には、さらに、労働保険審査会に「再審査請求」をすることができます。
再審査請求は、審査官から決定書の謄本が送付された日の翌日から2か月以内に行う必要があります。
審査請求をして3ヵ月が経過しても決定がないときも再審査請求を行うことができます。

労働基準監督署長の保険給付に関する決定を裁判で争う方法もあります(「取消訴訟」の提起)。
この取消訴訟、以前は、再審査請求を経た後にしか提起することができなかったのですが、法改正により、平成28年4月1日からは、審査請求を経た後であれば(審査請求をした後、3ヵ月経過しても決定がないときも含みます。)、労働保険審査会に再審査請求を行うか取消訴訟を裁判所に提起するかを選択できるようになりました。

民事上の損害賠償請求

職場における負傷、仕事が原因となった疾病について、それが業務上のものと言える場合には、労働者は労災保険の各種給付を受けることができます。しかし、労災保険によっては、事故によって被った精神的損害の補償(慰謝料)は受けられませんし、休業補償給付、障害補償給付も支給額が定額化されているため、労働者が被った損害の全部が補填(ほてん)されるわけではありません。

そこで、労災保険によってはカバーされない損害については、事業主に対し、損害賠償を請求できるかが問題になります。

不法行為を理由とする損害賠償請求と「安全配慮義務」の違反を理由とする損害賠償請求

労働災害について事業主に損害賠償を請求しようとする場合、民法の不法行為責任(民法709条、715条、717条など)を理由にすることもできるのですが、不法行為責任は3年という短い期間で消滅時効にかかってしまうため(民法724条)、使用者の安全配慮義務の違反を指摘して、債務不履行を理由とする損害賠償を求めるのが一般的です(債務不履行責任の時効期間は10年になります。民法167条)。

「安全配慮義務」の内容

労働災害について事業主に損害賠償を求めることができるのは、使用者に安全配慮義務の違反があると言える場合です。

「安全配慮義務」とはどのような内容の義務なのでしょうか。ある裁判例では、この安全配慮義務を、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」と説明しています(川義事件・最高裁昭和59年4月10日判決)。

安全配慮義務の違反が認められる場合

どこまでの配慮をしていれば安全配慮義務を尽くしていることになるのかは事案ごとの判断になり、明確な基準があるわけではありません。
労働安全衛生法が定める労働者の危険または健康障害を防止するための措置を講じていなかったという場合は、労働安全衛生法違反として刑事罰が課されるだけでなく、当然、民事上も安全配慮義務の違反が認定されることになるでしょう。

しかし、労働安全衛生法に抵触していないというだけでは、安全配慮義務を尽くしたことにはなりません。
先ほどの川義事件は、呉服・宝石等の卸売りを行う会社で宿直勤務中であった従業員が、反物を盗みにきた元従業員に殺害されたという事案でした。会社側は、宿直員に鍵を開けさせるだけの関係がある人物が窃盗目的で会社を訪れ、その後、宿直員に対して殺意を抱いて殺害するなどということは予測することなどできないと主張し、会社には責任はないと争ったのですが、最高裁判所は、事業主には、盗賊等が容易に侵入できないような設備(インターホン、防犯チェーン)や万一盗賊が侵入しても盗賊から危害を加えられることを回避できるような設備(防犯ベル)を設け、あるいは、物的設備の整備が難しければ、宿直員を増員したり、従業員の安全教育を徹底するなどの措置を講じることによって、宿直員の生命・身体等に危険が及ばないように配慮する義務があったとし、会社は、これらの義務を尽くしていなかったと安全配慮義務違反の責任を認めています。

過重労働と「健康配慮義務」

労働者の作業環境や作業内容自体は危険といえない場合であっても、長時間労働、過重労働によって労働者が健康を害してしまうということがあります。過労死、過労自殺がその典型です。

判例では、事業主は労働者が過重労働により心身の健康を損なわないよう注意する義務(=健康配慮義務)を負っているとされていて、例えば、健康診断などを実施して労働者の健康状態を把握した上で、それに応じた業務の軽減など適切な措置を講じていなかった場合には、健康配慮義務に違反しているとして損害賠償責任を負うことになります。

請求できる損害の内容  -労災保険との関係-

民事上の損害賠償請求によって請求できる損害項目は、①治療費、②休業損害、③慰謝料、④後遺症が残った場合の逸失利益(事故によって後遺症を負わなければ得られたであろう将来の収入)などになります。

労災保険の給付請求もしていて、すでに支給も受けている場合には、労災保険給付と損害賠償とを二重に受け取ることはできません。ただ、労災保険では、「慰謝料」に相当する給付はないので、慰謝料の支払いを受けようとするには民事上の損害賠償請求によるほかありませんし、休業損害についても、労災保険からは平均賃金の6割が支払われるだけなので(労災福祉事業から2割の特別支給金が支払われますが、これは損害の補填とはみなされません。)、民事上の損害賠償請求によって、不足する4割分を請求することができます。

具体的にどの程度の請求をすることができるかについては、労災保険の支給内容を確認できる資料をお持ちになって、弁護士に相談をするようにしてください。

過労死・過労自殺

過労死、過労自殺とは、簡単に言えば、働き過ぎにより、死亡、自殺に至ることです。事務所も参加している「過労死110番」全国ネットワークによれば、「過労死とは、仕事による過労・ストレスが原因の一つとなって、脳・心臓疾患、呼吸器疾患、精神疾患等を発病し、死亡または重度の障害を残すに至ることを意味します。また過労自殺は、過労により大きなストレスを受け、疲労がたまり、場合によっては「うつ病」を発症し、自殺してしまう事を意味します。」と説明されています。

1988年6月に、「過労死110番」全国ネットワークが電話による全国一斉相談を始めました。このことが契機になって、過労死の言葉がひろく日本社会に使用されるようになりました。 この埼玉でも、その翌1989年6月から、上記電話による全国一斉相談に参加してきました。この埼玉での電話相談は、この埼玉総合法律事務所において行ってきました。

働き過ぎによって、健康、精神が害され、具合が悪くなり、ひどいときは死亡に至った場合、他の労働災害と同様に、労災保険制度による給付を求めることも出来ますし、民事上の損害賠償を請求することもできます。

過労死、過労自殺がそれまでの労働災害と異なる大きな点は、それまでは、事故などの災害に基づく災害性負傷の場合を典型的なものとして捉えられていたのが、長時間の残業が長期間にわたって続いていたことによって健康を害した場合などのように、事故のような明確な出来事が起こらなくても、労災と認められることです。