見たことのない虹を見たい♡-出会いの先に道ができた-(弁護士猪股正)

* この原稿は、特集「大阪弁護士会における貧困問題への22年の取組み」(大阪弁護士会月報2022年1月号・2月号)に掲載いただいたものです。寄稿の機会をいただきありがとうございます。

大阪弁護士会のみなさんにはお世話になりっぱなしである。あれはどこの店だったのか、安永さんがいて、小久保さんは吉田拓郎を歌っていた。木原さんと大橋さんとはフィンランドへ行った。普門さんは切っても切れない全国一斉電話相談仲間。小野さんとはコロナ禍の2年間、人権大会の実行委員会事務局で一緒に苦労した。出会いの先に道ができた。

始まりは2006年。釧路で開催された第49回人権擁護大会である。生活保護の窓口では違法な運用が後を絶たず、北九州市で餓死事件が相次ぎ、貸金業者による高金利貸付が生活困窮状態を一層悪化させるなど、貧困問題が深刻化する中、日弁連は、「現代日本の貧困と生存権保障-多重債務者など生活困窮者支援と生活保護の現代的意義-」をテーマに人権擁護大会を開催し、貧困問題を初めて正面から取り上げた。実行委員会は、生活保護やホームレス問題などに取り組んできた人権擁護委員会と高金利引下げ運動を全国展開してきた消費者問題対策委員会のメンバーが中心となり、人権からの小久保さんと消費者からの私が共に事務局次長を務めることとなった。

私が所属する埼玉弁護士会でも、プレシンポジウムを開催することとし、ホームレス巡回相談、生活保護申請の援助活動、生活困窮者支援のネットワークの構築など、地域における弁護士による具体的な実践や運動を進めつつ、シンポジウムの提言へとつなげることを取組目標とした。埼玉のプレシンポ実行委員は、多重債務問題、特に、ヤミ金対策に取り組んできたメンバーが中心で、ヤミ金問題を通じ、深刻な困窮状態にある人たちを目の当たりにしてきたものの、ホームレス支援の経験は皆無だった。私たちは、大阪の先駆的取り組みに学び、大阪弁護士会人権擁護委員会ホームレス問題部会作成の「ホームレス法的支援マニュアル」を携え、初めてのホームレス支援の現場に立ち、生活保護の申請に同行して、理不尽な窓口の現実を目の当たりにして憤った。当時すでに、大阪では、法律扶助協会大阪支部が、全国に先駆けて、ホームレスの人などを対象に生活保護申請等の代理援助制度を、支部独自の自主事業として立ち上げていたが、これを今こそ全国に拡大すべきという小久保さんの真っ直ぐな思いが胸に響いた。「たった一言の法律家の支援が、15年近くホームレス状態だった男性を絶望の底から引き上げる」という朝日新聞の清川卓史記者の記事を資料に付けて、法律扶助協会埼玉支部宛に、援助制度創設を求める依頼文、支出基準を含む実施要領を起案し、根回しをした。思いはつながり、対象者をホームレスの人だけに限定せず、生活保護の受給要件を満たす蓋然性が高い人にまで拡大した形で、2006年6月からの埼玉における扶助自主事業の早期実施が実現した。大阪弁護士会の取組に始まった生活保護申請等の援助事業立上げの動きは、東京、札幌、そして埼玉、千葉へと拡大した。併行して、小久保さんたちと人権擁護大会決議の起草作業に汗を流し、大阪読売新聞の原昌平記者の著述からヒントを得て「貧困の連鎖を断つ」という文言をタイトルに取り込んで「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」を練り上げた。その理由中にも、「現在、一部の法律扶助協会支部においてのみ、生活保護申請や審査請求を援助するための法律扶助制度が自主事業の形で実施されているが、生活困窮者支援の動きをさらに拡大するためには、生活保護申請や審査請求における弁護士費用等の援助制度を全国規模で整備・充実する必要がある。」と盛り込まれ、同決議は満場一致で採択された。そして、翌2007年4月、日弁連から法テラスへの委託援助事業として結実し、今日へと続いている。

当時、Bob DylanのLike a Rolling Stoneを聞きながら、大阪のスピリットを学んだ。Bob Dylanに憧れていた吉田拓郎の歌を学生時代からずっと聞き続けているが、最近は、あいみょんファンである。交わるはずのない誰かと巡り会い、見たこともない素敵な景色を垣間見るというかけがえのない経験に感謝しつつ、共に歩みを進めたい。

弁護士 猪股 正

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