埼玉総合法律事務所

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コラム-牧野丘弁護士

共生(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

 昨年5月の憲法ミュージカル「キジムナー」の中で語られているのですが、植物の「花」が誕生したのは、恐竜の時代よりもあとだそうです。花が生まれ、蜜を持ち、その蜜を求めて虫が集まる。おいしい蜜を吸ってお腹を満たした虫は花から花へ飛び回って、花粉を体にまとい、草木が繁殖します。「共生」です。「花」が生まれる前にこの世の主だった恐竜たちは、生きるために植物を食べますが、植物の生存には貢献しません。「食い尽くし」の世界。

 私たちの世界は、花の誕生により、「食い尽くし」の世界から「共生」の世界に生まれ変わり、生命の循環を旨としました。

しかし、今、「共生」とは真逆の「弱肉強食」「分断」「差別」がわが国を含む世界を覆う勢いです。約7年前に経験した大震災のとき、わが国では「絆」という言葉があれだけはやったのに。

 「共生」も「弱肉強食」や「分断」も、実は、両方とも「生存」のための手段です。私たち人間が選択するべきはどちらなのか。またその選択を全うするためにはどうしたら良いのか・・・。地球の歴史では既に決着がついている話ですが。

 私たちの日本国憲法は、「共生」という理念が全体に練り込まれていると考えています。ですが、「共生」は決して甘い理想などではありません。人類の生存に欠くことのできないもので、それがゆえに時に我慢や忍耐を伴います。この1年、憲法のことを深めてみませんか。

公募の市民が演じたミュージカル「キジムナー」(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

この5月、埼玉会館と立川RISURUホールで計4公演行われたミュージカル「キジムナー」は、各回とも満員の約4400名のお客様にご覧いただきました。
埼玉では15年ぶりの再興。11作目でした。ご覧いただいた皆さま、ご協力いただいた方々、本当にありがとうございました。心より感謝申しあげます。

作品のクオリティについても高い評価をいただくことができました。
私たちの作品は、エンターテイメントであることに向き合っています。エンターテイメントとして評価していただくためには、ただダンスや歌のレベルを上げるだけではいけません。脚本や音楽の中の深い部分に、いかに表現したい事柄や理念を深く練り込むかがまず問われ、心に刺すような演出が求められ、それをキャストたちがいかに感じ取り、ハイレベルに表現するかが大事です。
お客様にそれが伝わると、今度はお客様がそれを舞台の上のキャストたちに熱いオーラで返してくれます。そんな循環が繰り広げられると、舞台という創作に関われて本当に良かった、と心底思います。

今回の舞台は、沖縄。主に戦時中の沖縄戦です。戦争末期、沖縄に東洋一の飛行場を建設する計画がなければ、3ヶ月余りの間に20万人もの人々が亡くなる地獄にはなりませんでした。本土決戦までの時間を稼げという本土からの命令が住民を巻き込む惨事をもたらしました。私たちのミュージカルでは、「護憲」の言葉はおろか「憲法」という言葉も出てきません。
しかし、おそらく明治憲法の視線からは、沖縄戦を別の描き方をすることでしょう。日本国憲法の徹底した平和主義、個人の尊厳の尊重の背景には人間の存在についての深い哲学的な洞察があります。
そんな理念をこの芝居を通じて感じ取っていただければ、私たちの作品は完成です。

今回の再興のきっかけはかつての出演者たちですし、日々の運営は多くの市民のあり得ないくらいの献身さと寛容さによって営まれました。

憲法を護ろうと決めていない人と一緒になって、世の中に種をまく仕事として生命力を持ち続けると、本当に意義深いものになるのではないでしょうか。

アルトサックス(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

実は2年少し前からアルトサックスを始めています。経験はありません。きっかけは、無性に管楽器をやりたくなったから。
月3回のレッスンに加え、仕事が終われば近所のカラオケに行って自主トレ。もう日課になっています。

若い頃は仕事ばかり。趣味がない自分が情けなくなったこともありましたが、今はやりたいことだらけ。
でも「趣味」と言われるのもいやなのです。どこか片手間の気晴らしのように聞こえるから。
もちろん、それはそれはものすごい気分転換にはなります。普段使っている脳みその部分とは全く別の部分を使っている実感がありますから。

ですが、目標はもっと高い所にあります。口に出すと逃げていくので申し上げませんが。
昨年の年賀状には、「深めるためにはちょっと広げてみること」などと書いてみたのですが、本当だな、と感じます。

やりませんか?サックス。
ボタンがたくさんついてメカニックな楽器に見えますが、その実はとてもアナログな楽器です。音の幅も音楽の幅もとても広くて自分次第。その分、体調によってもすぐに変化するのですが・・。
時間がとっても凝縮されて、生活がとても濃くなりますよ。

再演!憲法ミュージカル(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

1993年から2002年の10年間、毎年県内各地で上演した憲法ミュージカル。
出演者は公募により集まった市民100名。演出音楽振付はいずれもプロの手によるものでした。
毎年その時代にマッチしたテーマをとりあげましたが、その舞台は「憲法」の名からはおよそ想像しがたい音と光にあふれる叙情と迫力豊かなものでした。

これを企画したのは、その当時、海外に軍隊を派遣して活動させるPKO法は憲法違反の可能性が高いというのに、成立した直後の国政選挙で憲法が全く争点にならなかったこと。
この国では、憲法は社会のものさしにはなっていないのか!と思ったからです。
既に護憲と決めている人とではなく、そう決めていない人と共に憲法を考えたい、そう考えて舞台を作ることを志しました。

あれから20年余り。
あの時以上に深刻な時代が身近に迫っています。
政府の暴走を抑えるための憲法を、政府がいいように解釈し、憲法違反ではないと強弁しています。加えて憲法自体を変えて、もっと政府が好きなように市民をコントロールできる案も提案されています。
本当に今の憲法は価値がないのか。
私たちは、再びこのことを世の中に問いたいと思います。

当時の出演者の皆さんが、そう決意して準備が始まりました。
あの時は私たち弁護士たちが準備の中心でしたが、今回は、その当時の出演者の皆さんです。

来年5月20日と21日にさいたま市の埼玉会館で、翌週には東京都立川市で上演されます。ぜひご注目ください。そしてぜひご参加ください。

憲法ミュージカル効果(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

憲法をテーマにしたミュージカルを10年間にわたり上演する仕事に取り組み、その当時、それはそれは大きな時間を割いていました。
出演者を市民から公募し、プロスタッフが美しい舞台に仕上げ、5万人を超える人々に観ていただきました。
シナリオは、憲法を礼賛するといったものではなく、世の中の出来事を憲法の視点で斬ってみよう、というコンセプト。伝統的な護憲運動に対する反発心もありました。

そんな超スローカーブ級の運動なので、歌と踊りに惹かれて加わった出演者たちは(そういう人が大半!)、今の情勢にどんな想いでいるのだろうと思いきや、かなりの多くが国会前に行っていたとのこと。
やって意味のない事は何ひとつないのですね。

生活協同組合(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

「生協」は、私たちの生活の中に溶け込んだ組織としてなくてはならない存在になっています。

ひと口に生協と言っても、実に数多くの種類があります。
食料品や日用品を扱う「購買生協」だけでなく、医療の生協、住宅建築の生協、補償の生協、いろいろとあります。各地の生協を繋ぐ事業連合と呼ばれる組織もあります。
1人では力不足でも消費者が共同することで、消費者の視点に立った商品の供給を求めます。

現在では、大きなデパートや大学病院よりも大きな規模の生協も増えていますが、生協と名乗るには、消費生活協同組合法という法律に基づかなければならず、営利目的を禁じられるなど、組合員本位の経営が義務づけられています。

当事務所や各弁護士は、現在、県内のいくつもの生協から顧問や役員を仰せつかっています。古いお付き合いのところもあれば、比較的最近、お付き合いが始まったところもあります。
市民が共同することによって大きな力を携え、市民本位の生活を目指すことは我が事務所のスタンスであり、強いシンパシイを感じます。

最近、生協と連携するお仕事が増えていますが、私たちもなぜ生協が現代に大きな力を持ち得たか、その中から学びたいと考えています。

創立40周年のつどい(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

2013年5月、埼玉総合法律事務所は、創立40周年を迎えました。同時に、創立者の宮澤洋夫が米寿を迎え、当事務所では約1年前から記念行事の準備を進めてきました。

その柱は、宮澤の米寿に合わせ、ゆかりの皆さまをお招きしての集いの開催と記念誌の編纂でした。

11月15日に開催した集いには、各地、各方面から約300名もの皆さんにご来訪いただき、にぎやかかつ和やかに開催することができました。
お集まりいただいた皆さまには、改めて心より感謝申し上げます。
またたくさんの皆さまからご厚志を頂戴しました。
本当にありがとうございました。

当日は、池本誠司埼玉弁護士会会長、篠原義仁自由法曹団団長からご祝辞をちょうだいしたあと、柴田泰彦埼玉県労働組合連合会会長の乾杯のご発声で宴が始まりました。
埼玉合唱団の皆さんの染みいる歌声で会が盛り上がったところで、宮澤の米寿祝いのコーナーに移りました。
ここでは、宮澤ゆかりの皆さまにスピーチをいただきましたが、本来はご欠席のご連絡をいただいていた医師の肥田舜太郎先生がお見えになり、急遽、お祝いの言葉をいただくサプライズもありました。

最後に、当事務所の事務局たちを中心に製作した、「映像でふりかえる埼玉総合」を梶山の紹介でご披露しました。
ここでご披露した映像、画像は、当事務所に限らず、お集まりの皆さんにとっても懐かしさひとしおだったのか、時折会場は爆笑に包まれるなど、なごやかな時間になりました。

もうひとつの柱が、40周年記念誌の製作でした。
当事務所には、創設以来の数多くの記録が残されています。これを改めて読み直し、諸先輩からお話を伺ういわばプレ企画のようなものも何度か催し、11月15日の集いに合わせて刊行することができました。
私たち所員にとって、この刊行の意義は、記念誌の1章のタイトルにも用いた「埼玉総合のDNA」の再確認でした。
原稿をお寄せいただいた皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。現役メンバーが知らなかった事柄も数多くありました。記念誌全体を通して読んでみると、当事務所に脈々と流れている大きな太いものがほのかに見えてきます。
どこにでも存在する法律事務所、というわけではない、特殊な成り立ちが私たちを支えているのだと思います。

「温故知新」。
私たちは、先輩方が遺してくれた「遺産」に甘えることなく、「DNA」に自信を持って世の中の出来事に食いつき、新しい時代を切り開いいかなければならない、のだろうと思います。
また、そうしてこそ私たち「埼玉総合」の生きる道があるのだ、と再発見した次第です。

「おのれナポレオン」(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

昨年も16本の芝居を観に行きました。
中でもおもしろかったのが、三谷幸喜作演出の「おのれナポレオン」(東京芸術劇場プレイハウス)。
主演の天海祐希が心筋梗塞で降板し、急遽、宮澤りえが代役を務めた芝居です。このニュースは、芸能ニュースだけでなく一般紙の社会面の記事にもなりました。私は、その代役初演の5月10日のチケットを買っていたという、とんでもない巡り合わせでした。

もともと宮澤りえは、これまでも何度か芝居を観る機会があり、とても器用かつ存在感のある好きな女優さんです。
宮澤を囲む俳優陣は、野田秀樹、内野聖陽、山本耕史、浅利陽介ら安定感のある男優ばかり。まあ、途中のトラブルなどなく終わっていくのだろう、とは予想していました(実際そうだっただけでなく宮澤ワールドが創出されていたわけですが)。

しかし、芝居は映像と違ってナマモノそのもの。イキモノと言ってもいい。本当は何が起きるか分からないのです。
だいたい長い公演期間の中で終演間近のこの時期に来るお客さんは、芝居に見慣れている人が多いのですが、それでも観客席は固唾をのむ空気が充満していました。
途中、野田がアドリブで「客を緊張させてんじゃねえよ。」と怒鳴って笑いを取っていましたが、ホント笑い事ではなかったです。

その感想としてはあまりに陳腐ですが、やはりプロだなぁ、と。
何がプロって、短期間に台詞や芝居のニュアンスを体得する技術もさることながら、要するに宮澤リエは、名声を獲得する前に、リスクをとったわけです。

なにも4日間の芝居でせいぜい3000人に賞賛されるために芝居に臨んだわけではないと思うのですが、それにしてももし失敗したら「勇気ある挑戦」では済まされなかったと思うのです。
宮澤のみならず三谷もプロデューサーもみんな酷評されたはずです。
天海祐希の降板は抗しがたい特殊事情ですから、芝居全体を中止にしてもさほど大きなことにはなっていなかったはず。
少なくとも宮澤りえにキズがつくことはありません。すごい。でも、人を幸せにするということはそういうことかもしれません。
いたく染みいった夜でした。

「総務課弁護士」感性を磨き続ける(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

事務所は、創設以来40周年を迎え、ささやかな企画が準備されています。
私はそのうちの約7割の期間を共にしたことになります。

私の入所は、弁護士になってすぐの1985年で、バブル経済の直前、昭和末期の時期でした。多くの書面は手書きで、鉛筆と消しゴムが必需品の時代でした。ですが、こなしていた仕事量は決して少なくなく、依頼者の方々との接触も濃密でした。

今もおかげさまで引き続き多忙なのですが、あの頃のアナログな道具でどうして仕事をこなせていたのだろう、と思います。
入所ひと月余りの時に有名な豊田商事事件が起き、新人の私は夜な夜な500名弱の被害者の方々の情報整理と手紙発送に明け暮れていました。すべてがオリジナルでした。自分はつくづく「総務課弁護士」だなどと自嘲していましたが、今ではそういう折りに自分の感性を養っていたと感じます。

現在、民事訴訟の件数が減っているのだそうです。
あの当時に比べると比較にならないほどに情報は溢れ、権利意識は高まり、弁護士が身近になってきたはずなのに減っている。
これを自然現象のように語る業界人も多いのですが、法律扶助の利用件数などを人口割で計算してみるとそうとは思えません。

この分野に弁護士以外の業種が参入しつつある現状を見ると、この仕事に市場性がないわけでもなく、要は弁護士がスルーされつつあるのではないか、と思います。
感性豊かで正義の観点に立てる個性的な弁護士像は、今後、ことさらに追求し、本気で市民の選択に委ねていかないと弁護士という仕事自体が消滅するのではないか、と危機感を抱いています。

我が事務所は、単なる法律的な事務を処理するだけの事務所ではありません。
社会の流れにも敏感に、いつでも感性を磨き、身を削る集団であり続けたい、と思います。

法テラスにいて考えたこと(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

いま、法テラス埼玉の副所長の任にあります。主に法律扶助が担当です。この仕事をしていると、まだまだ弁護士などの法律家が社会の需要に応えきれていないことを知ります。確かに弁護士人口は増大の一途で、新人弁護士の就職難は、社会問題のひとつとも言えるのですが、たとえば、昨年の法律扶助の利用件数。埼玉県内で法律扶助制度を利用して弁護士等に委任をした件数が4500件。これに対し、神奈川県では7100件。人口は神奈川の900万に対し埼玉は710万ですが、人口差では説明できない大きな扶助件数差があります。埼玉の方が平和だというのであれば、よいのですが、たぶんそうではなく、弁護士の数による差ではないか、と考えられます。神奈川には埼玉の倍の数の弁護士がいるのです。僅か1つの指標で断定的な事を語るわけではないのですが、もしかしたら神奈川に比べて埼玉では、法的救済が必要なケースでも弁護士に行き着いていない事がたくさんあるのではないか、と想像されます。

体に痛みを感じれば、何科かはともかくお医者さんを訪ねます。ですが、困りごとを感じたとき、いったいどこを訪ねたらよいのかが分かりません。弁護士は法律問題の解決のプロですが、これが法律問題なのかどうなのか、の判断は、ある種専門的です。困っている人の側で判断しなければ弁護士のもとにすら行き着かないという社会は、まだまだ人に優しい社会とは言えません。

当事務所では、法律の問題かどうかに関わらず、どんな相談でもお寄せいただき、利用者目線で大勢の弁護士・スタッフの知恵を結集し、適切な解決への糸口へご案内できるように考えています。それが事務所始まって以来の当事務所の基本的スタンスなのですから。


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