生きる手がかり(弁護士 猪股 正)

弁護士 猪股 正

 息子が、先日、修学旅行に行き、本当に楽しかったそうだ。よかったとホッとしつつ、同じ高校に通って踏み跡を残した申し訳なさや胸の痛みを感じる。修学旅行の思い出は「歯を食いしばれ」の後のビンタと謹慎。ありがちな、未熟さゆえの行動で、迷惑をかけた同級生や先生に今は恥ずかしい思いでいっぱいである。高校時代、バスケットだけは一生懸命で、レギュラーからはずれた挫折感は大きく、修学旅行も、その時期の苦しく切なく恥ずかしい思い出の中にある。

 当時、倫理社会の授業で、山本周五郎の「赤ひげ診療譚」が課題に出た。斜に構え、よく言えば何かに反抗し、押し付けられた課題などは素直に受けたくないひねくれ者だったが、この本に強く心を揺すぶられ、以来、高校、浪人時代を通じ、山本周五郎の長編小説を読みあさり、山本周五郎が自分の心の支えになった。

 当時の文庫本が今も手元にあり開くとあちこちに赤線が引いてある。「貧困と無知に対するたたかいだ」「人間を愚弄し軽蔑するような政治に黙って頭を下げるほど老いぼれでもお人好しでもないんだ」「見た眼に効果のあらわれることより、徒労とみられることを重ねてゆくところに、人間の希望が実るのではないか…氷の中ででも、芽を育てる情熱があってこそ、しんじつ生きがいがあるのではないか。」「人間はいいものだが愚かでばかだ」「…人間は人間なんだ」。

 自分を受け入れられず、どうして生きていけばいいのかわからず、先の見えない時代に、生きる手がかりを教えてくれた人たちに、心から感謝しています。

image_printこのページを印刷
シェアをお願いいたします。
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次