子どもとお年寄りを狙い撃ちにし、 市民生活の底下げをもたらす生活保護基準引下げの提案に強く抗議する緊急声明

12月8日に厚労省が示した「生活扶助基準1割引き下げ、母子加算も減額」案に対して、本日、生活保護問題対策全国会議が緊急声明を公表しました。

子どもとお年寄りを狙い撃ちにし、市民生活の底下げをもたらす生活保護基準引下げの提案に強く抗議する緊急声明

生活保護問題対策全国会議

第1 引き下げの内容の過酷さ
1 前代未聞を更新する大幅引き下げ
厚労省は,2017年12月8日の第35回生活保護基準部会において,2018年度から生活扶助基準本体や母子加算を大幅に引き下げる方針を示しました。
最大で13.7%もの削減となる世帯(夫婦子2人世帯)も生じる可能性があり,これは,後に述べる2013年から2015年までに行われた「前代未聞」の削減をも上回る大幅削減案です。
2004年からの老齢加算の段階的廃止,史上最大であった2013年からの生活扶助基準の削減(平均6.5%,最大10%),2015年からの住宅扶助基準・冬季加算の削減に引き続くもので,生活保護利用世帯の厳しい生活をさらに追い詰める過酷な仕打ちというほかありません。
特に,子どものいる世帯,高齢世帯が狙い撃ちされており,この国の生活保護バッシングは,国による一種の「児童虐待」「高齢者虐待」の域に達しつつ感があります。

2 子どものいる世帯の大幅削減
部会で配布された資料(1・14~15頁)によると,生活扶助費は,夫婦子2人世帯(都市部)で18万5270円から15万9960円へと2万5310円(13.7%),子2人の母子世帯(都市部)で15万5250円から14万4240円へと1万1010円(7.1%)もの大幅削減となる可能性があります。また,母子加算についても,平均2割(都市部で2万2790円の場合4558円)削減の可能性があると報じられています(2017年12月9日付毎日新聞朝刊)。
夫婦子2人の多人数世帯は2013年の引き下げでも,平均18万6000円から16万9000円へ1万7000円(9%)もの削減をされています。このような,子どものいる世帯に対する相次ぐ引き下げは,一方で,国が「子どもの貧困対策の推進に関する法律」で進めようとしている貧困の連鎖解消の方針に真っ向から反するものです。
生活保護世帯の子どもが大学等に進学すると「世帯分離」され当該子どもの保護費が打ち切られることもあり,一般世帯の大学等進学率が73.2%(浪人を含めると80%)であるのに対し,生活保護世帯の大学等進学率はわずか36%と半分以下です。
このことが社会問題となり超党派の国会議員連盟が是正を求めたこともあり,国は,来年度,生活保護世帯の大学生等の住宅扶助費の削減を取りやめ,入学時の一時金を支給するという,ごく小幅の改善を検討していると報じられています。
しかし,その原資を捻出するために,子どものいる世帯の保護費を大幅削減するというのであれば,全く本末転倒です。わずかな貧困対策をしても「焼け石に水」どころか,大学進学にたどり着く前に生活保護世帯の子どもたちの成長の芽を摘み,大学等進学率はより一層悪化することになるでしょう。

3 高齢世帯に対する相次ぐ削減
部会で配布された資料(1・15頁)によると,単身高齢(75歳)世帯(都市部)で7万4630円から6万8840円へと5790円(7.8%),高齢(65歳)夫婦世帯(都市部)で11万9200円から10万6020円へと1万3180円(11.1%)の削減がされる可能性があります。
しかし,単身高齢世帯については,2013年検証の際の生活保護基準部会報告書では,平均7万3000円から7万7000円に4000円(5%)の引き上げが必要とされていました。これは,2004年からの老齢加算(都市部で1万7930円)の段階的廃止で下げ過ぎたので,第1十分位(下位10%)の低所得層と比べても生活扶助基準が低くなり過ぎていたことによるものです。
ところが,このとき国は,基準部会報告書を全く無視して,部会が出した数値を勝手に2分の1にし,さらに,「デフレ考慮」と称して「生活扶助相当CPI(消費者物価指数)」という全く独自の計算方法で,生活保護世帯は,一般世帯の消費者物価指数の下落率(2.34%)の2倍以上(4.78%)もデフレの恩恵にあずかっているというあり得ない数値を偽装しました。そして,結局,高齢単身世帯の生活扶助基準は,平均7万1000円へと2000円引き下げられたのです。
このような,相次ぐ高齢世帯の生活保護費削減は,財政の削減効果を出すために,生活保護世帯の大多数を占める高齢世帯をターゲットにしたものとしか考えられません。

4 「引き下げありき」の「引き下げ部会」か
現在,政府の政策もあり,物価は上昇局面にあります。ところが,今回の検証ではインフレを考慮するという話は一切出てきていません。「デフレは考慮するがインフレは考慮しない」というのは,まさしく「引き下げありき」で検証がされていることが明らかです。
第25回の生活保護基準部会で岩田正美部会長代理が「次々と保護課の方からお題が出てきて,部会が開かれるごとに何かを下げている。引き下げ部会みたいなイメージがある」と指摘したとおり,生活保護基準部会は「引き下げ部会」に成り下がるのでしょうか。

第2 引き下げの根拠の乏しさ
今回の引き下げの考え方は,第1十分位という,所得階層を10に分けた一番下(下位10%)の階層の消費水準に合わせて生活保護基準を引き下げるというものです。
しかし,以下述べるとおり,この手法自体が根本的に間違っていますし,これまでの生活保護基準部会での議論の流れにも反しています。

1 引き下げスパイラルを招く
日本では,生活保護の捕捉率(生活保護を利用する資格のある人のうち実際に利用している人が占める割合)が2割以下といわれ,先進諸国と比べても著しく低くなっています。つまり,第1十分位(下位10%)層の中には,生活保護以下の生活をしている人たちがもともと大量に含まれているのであり,その人たちが放置されていることこそが問題です。国に求められているのは,ドイツのように国が生活保護の利用を呼び掛けて捕捉率を上げること,最低賃金を上げ,最低保障年金制度をつくって低所得者層の生活水準を底上げすることです。
生活保護を利用していない低所得者層と生活保護基準を比べれば,当然生活保護基準が高いという結果になり,これをもとに保護基準のあり方を考えれば,保護基準を下げるしかありません。これでは,どこまでも生活保護基準を下げ続ける引き下げスパイラルを招きます。
生活保護基準は,ナショナル・ミニマム(国民生活の最低水準)ですから,最低賃金,住民税非課税基準,就学援助など様々な低所得者施策と連動しています。生活保護基準の引き下げスパイラルは,生活保護を利用していない市民全般の生活水準の引き下げスパイラルにつながります。実際,生活保護基準が下げられた後,就学援助の基準が下がる自治体が続出し,年金,医療,介護とあらゆる社会保障制度が削減,自己負担増となり,今や市民生活全般が危機に瀕しています。
ドイツでは,2010年2月9日の連邦憲法裁判所が,「参照世帯に含まれるのは,統計上確実に社会扶助受給レベルを上回る個人及び世帯でなければならない」として基準額違憲判決を言い渡しています。
これを契機として,「基準算出需要法」が制定され,単身世帯については下位15%,家族世帯については下位20%を参照世帯とすることが法律で定められました。それでもなお,「隠れた貧困層」(社会扶助を受けられるのに受けていない層)が参照世帯に含まれているのは問題ではないかという議論が続いているのです(ヨハネス・ミュンダー「貧困研究」14号34頁以下,嶋田佳広「ドイツにおける社会扶助基準設定の新たな展開」)。

2 これまでの生活保護基準部会での議論の流れに反する
(1)2013年検証の際の議論
2013年検証の際の第9回と第11回の生活保護基準部会では,富裕層が「富の取り分」を増やす一方,中間層を含む低所得層が「富の取り分」を減らしているデータが示されました。

これを見ると上位30%はいずれも「富の取り分」を増やし,全体所得の約6割を占めていること,「平均的世帯」とされてきた第5・6十分位(=第3五分位)以下の階層のシェアは全体の3割の位置にあること,第1十分位のシェアも減少傾向でほとんど地べたに張り付いていることが分かります。
この点に関する議論をふまえ,駒村部会長は,このような傾向が続くのであれば,「今後もこの方法(第1十分位を比較対象とする方法)でいいのだろうか。将来この方法を使えるだろうかという懸念がある」と言及していました(第11回部会)。

(2)2013年検証の際の部会報告書~「新たな検証手法の開発が部会の使命」
こうした議論も踏まえ,どうやって水準均衡方式の相対比較をするのかという手法の開発こそが基準部会の使命と責任である旨の岩田部会長代理の意見で(第12回部会),2013年の基準部会報告書(9頁)に「本部会の議論においては,国際的な動向も踏まえた新たな最低基準についての探索的な研究成果の報告もあり,将来の基準の検証手法を開発していくことが求められる。」と記載されました。

(3)突然登場した第1十分位との比較論
こうした経緯から,今回の2017年検証に際しても当初は,「新たな検証手法の検討」が検討課題としてあげられる一方,第1十分位を比較対象とするといった議論はなされてきませんでした。むしろ,岩田部会長代理や山田委員などから第1十分位などの低所得層を比較対象とすることに対して否定的な意見が述べられ,駒村部会長や阿部委員,岡部委員など多くの委員が,その意見に賛意を示していたのです。
それが,「新たな検証手法の検討」については,2017年6月6日開催の第29回部会の参考資料1における,「現行の水準均衡方式が導入された昭和59年に比べて,雇用基盤や世帯構成などの変化によって社会経済情勢は大きく変化しており,今日の状況により相応しい生活扶助基準の改定方式の開発を目指して,新たな検証手法を検討する必要がある。」等の記述を最後に消えてしまいました。そして,報告書のとりまとめ直前になって,なぜ突然,2013年検証においても疑問視され始め,今回の2017年検証においても委員の多くが疑問を呈していた第1十分位との比較をすることが結論とされたのか,全く理解できません。
第35回の部会資料1によると,第1十分位と比較する方法と全所得層と比較する方法がありうる(4頁)としながら,後者をとらなかった理由については一応の説明があるものの(13頁「18~64歳の年齢別指数に特異な傾向がみられたほか,2類費について3級地で費用が増加する結果となった」。要はデータに不具合があったということのようですが,中身が分からないので本当かどうかも不明です。),なぜ前者をとるのかの説明は一切ありません。
(4)アで紹介する2007年検討会報告書が示唆したように,またドイツの法律が定めているように,第1五分位(下位20%)層と比較するなど,別の方法がなぜ検討されていないのか不可解というほかありません。

(4)これまでの検証手法とも矛盾
ア 第1十分位の高齢単身世帯の消費水準が著しく低いことが無視されている
第35回基準部会資料1(17頁)によると,第3・五分位(平均的所得階層)と比較した第1十分位の消費水準は,夫婦子1人世帯は66%ですが,高齢夫婦世帯は61%,高齢単身世帯は50%にとどまっています。
2007年検証でも,同様に「平均的所得階層」とされていた第3五分位と第1十分位の消費水準の比較がなされ,夫婦子1人世帯は70%だが,単身高齢世帯は50%にとどまることから,単身高齢世帯について第1十分位を比較対象とすることについて委員から強い異論が出ました。
そのため,検討会報告書にも,「単身世帯(60歳以上)では,第1十分位の消費支出は第3五分位の消費額の5割程度にとどまっていて低いことから,第1十分位を比較基準とすることが適当であるかどうかは,その消費支出が従来よりも相対的に低くなってしまうことに留意すべきである(5頁脚注6)」こと,そして,この点を考慮して,「仮に第1五分位を基準にした場合,現在の生活扶助基準額は均衡した状態にあると評価される(5頁2つ目の〇)」ことが記述されました。そして,引下げに反対する世論が高まる中,検討会委員5名全員が連名で出した「『生活扶助基準に関する検討会報告書』が正しく読まれるために」という異例の文書でも,「『生活扶助基準額の引き下げには,慎重であるべき』との考えを意図し,全委員の総意により,確認されたところである」と説明されているのです。
このように,2007年検証では,第3五分位と比較した第1十分位の消費水準が単身高齢世帯で50%に止まることが引き下げ見送りの理論的根拠とされました。にもかかわらず,今回の検証では,この点が全く問題とされていないのは一貫性を欠きます。 今の基準部会には,2007年の検討会と同じ委員(駒村康平部会長,岡部卓委員)もおられるのに,なぜこの点を無視した案が提出されているのか不可解でなりません。
イ 必需的耐久消費財の保有率の検討がされていない
また,2007年検証,2013年検証では,いずれにおいても,「必需的な耐久消費財の保有率」が第1十分位層と第3五分位層とで遜色ないことが,第1十分位を比較対象とすることの正当性として検討されていました。
上記の2007年検証,2013年検証が必需的耐久消費財のみを検討対象としたこと,何を「必需的」と見るかの選別方法も厳格に過ぎることから,私たちには,両検証の結論そのものに強い異論があります。しかし,それを措くとしても,今回はその検討がされた形跡さえありません。なぜ検討されていないのか,仮に同じような検討をしたらどうなるのか,この点にも疑問が残ります。

第3 これ以上の引き下げは許されない
2013年からの生活扶助基準の引き下げに対しては,現在,全国29都道府県において955名の原告が違憲訴訟(いのちのとりで裁判)を提起して闘っています。
既に憲法が保障する「健康で文化的な生活」を維持し得ていない生活保護利用者をさらに追い詰め,市民生活全般の底下げをもたらす生活保護基準の引き下げは断じて容認できません。
私たちは,この暴挙に対して最大限の抗議の意思を表明するとともに,全国の当事者,支援者に対して,ともに声をあげることを呼びかけます。

以 上

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