風を感じられる介護

家庭内の高齢者虐待は、同居の子(とりわけ男)から受ける割合が高いと聞く。
戦前の家制度の名残か、昭和ひとけた生まれの女性にとって、長男が家長であり、親の面倒を見るとともに、親は長男には逆らわない。

84歳にもなれば白内障で、緑内障もあって、視力は衰えるばかりだ。家の中はいざりのように移動する。よだれは垂れ流しで、常に口の周囲がけいれんしている。インプラント手術の失敗だと、口腔外科で診断を受けた。

要介護3であるが、家族は母親の白内障の手術を拒否し、普通食は食べられず、入浴もままならず、ADLが自立しているとはいえない。在宅介護サービスは受けていない。他人との交流は遮断され、外出はできず、1日中、自宅にこもっているしかない。家族が拒否しているし、息子の許可なく支援を受けるのは、長男を絶対とする家制度にあっては許されないことと思っている。

高齢者虐待防止法により、虐待を受けている高齢者についての届出や、養護者の保護制度ができた。ただし表面化されない虐待は多い。
高齢者の意思を尊重し、必要な介護サービスを受け、ADLを維持しながら、QOLを向上させていく。

介護職員初任者研修では、高齢者の意思を尊重し、介助するにも言葉がけを怠らない。介護技術の前に、それに携わる上で、最も重要な心がけを学ぶのである。私も最初の授業で教わったことだ。
それは理想だし、そうあるべきだが、介護職員の労働条件は厳しく、離職率が高い。仕事にやりがいを感じていても、低賃金、長時間、変形労働では心身が持たないから辞めていく。

公園にはイチョウの木の下に、黄色い銀杏が、敷き詰められたように落ちている。
風がキンモクセイの香りを運んでくる。
虫の声も涼やかだ。
季節を肌身で感じることもなく、痛い、苦しい、だれも話しかけてくれない、まだ怒鳴られた、といっている間に時は流れていく。

これは高齢化が急速に進んでいる日本の、ほんの些細な現実に過ぎない。
福祉を学んだものにとって、狂おしいほどの現実、理想の福祉制度との乖離である。

事務局 長沢

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