公正な税制を求める市民連絡会・2015年提言

公正な税制を求める市民連絡会が、2015年12月に発表した提言です。
「パナマ文書」によりタックス・ヘイブンを利用した租税回避の実態が暴露されましたが、タックス・ヘイブンについて、第2、4「4 タックス・ヘイブンとの闘いと破綻した国際的な税のシステムの回復」で述べられています。

公正な税制を求める市民連絡会・2015年提言(PDFは→こちら

第1 基本理念
 財源がないことを理由に社会保障の削減する動きが加速しているが、財政や税制の役割や存在意義が見失われていることに大きな要因がある。財政や税制は、経済の発展や一部の大企業等を潤すためのものではなく、社会が直面している共同の困難に対処し、すべての人が人間らしく生きることを支えることにこそ、その存在意義がある。
 私たちは、貧困と格差が拡大している今、財政を再構築し、税と社会保障による所得再分配を機能させることによって、人々の生存と尊厳を守り、人々が相互に支え合う社会となることを希求する。
 そのために、以下の基本理念を確認し、この変革への賛同をすべての人々に呼びかける。

1 税と社会保障により人々の尊厳ある生を保障(憲法13条の幸福追求権及び25条の生存権の価値を実現)する
⑴ 税と社会保障が貧困と格差の拡大を是正していない現状
 貧困と格差の拡大は放置されてはならない。
 しかし、現在、税と社会保障による所得再分配は、危機的な状況にあり、現役層から高齢層への年齢階層間の所得移転に偏り、貧困と格差の拡大を是正する役割を果たしていない。社会保障による貧困削減効果は、OECD加盟国中最低水準であるばかりか、共働き世帯・単身世帯の貧困を逆に拡大させるという驚くべき事態を招来している。
⑵ 財政は、個人の尊厳ある生を支えるためのものである
 財政は、本来、人々の人間的な生を可能にし、その尊厳を守るためのものであるから、税と社会保障による所得再分配機能を強化することにより、貧困と格差の拡大を是正し、すべての人の人間らしい生活を保障する必要がある(憲法13条・25条の価値の実現)。
⑶ 命の問題を財源で語るな
 限られた税収しかないことによって枠付け、憲法25条の価値の実現を二の次にするのは、本末転倒であり、人々の生存と尊厳を守るために、どれだけの税収が必要か、どのような税制が必要であるかが考えられなければならない。

2 行き過ぎた保険主義の是正
 戦後における社会保険制度の歴史上、社会保障サービスの利用者と非利用者との間の公平を図るという「負担の公平論」を背景に、保険料の引き上げや自己負担の導入など受益者負担が拡大(医療費の自己負担、介護保険・障害者施設の利用者負担、難病対策の医療費自己負担等)されると同時に、税による国庫負担が引き下げられ、保険料と税との入れ替えが推進されてきた。その結果、租税負担率の低さとは対照的に、社会保険料に依存する割合が世界で最も高い水準となっており、極めて保険主義的な社会保障制度となっている。
 しかし、保険主義は、自助・自立を基本とし、受益者負担分を支払えない者はサービスの利用から排除され、仮に支払えたとしても、そのために生活を困窮させる可能性があるものであって、低所得者に重い負担を強いる逆進的な性質を有し、貧困と格差を拡大させる要因となっている。
 そこで、行き過ぎた保険主義を是正し、社会保障制度の税財源を強化し、国民全体で相互に支え合う制度を再構築する必要がある。

3 普遍主義の追求-選別主義は漏給、社会の分断を生じさせ、租税抵抗を高める
 低所得者や困窮者のみに社会保障サービスを集中する選別主義は、厳格な資産調査を必要とし、厳格な資産調査はスティグマ(恥の意識)を高め、社会保障サービスから排除される漏給(給付の漏れ)を生む。それだけでなく、選別主義は、サービスの対象となっていない人が税の負担に抵抗し、対象となっている人となっていない人との間に分断や対立を生じさせて市民の連帯を喪失させ、憲法13条・25条の価値を実現するために必要な強靱な財政の構築を阻害する。実際、選別主義の日本は、生活保護等の制度の利用者と非利用者との間に分断が生まれつつあり、また、世界で最も租税負担が小さな国の一つであるにもかかわらず、租税抵抗(納税に対する抵抗感)が最も大きい国となっている。
 これに対し、例えば、すべての人を対象とする無償の医療や無償の教育制度のように、多くの人を社会保障サービスの対象とする普遍主義は、漏給を防止し、制度の利用者と非利用者・税の負担者とを分断させず、制度への支持を高め、政府への信頼と租税負担への合意を形成する。
 そこで、所得再分配政策は、すべての人を対象とする普遍主義への志向を強めるべきであり、すべての人が人間らしく生きることを保障する普遍主義的な制度の構築によって世代間・世代内での連帯を生み、市民全体で支えあう道を標榜すべきである。

4 ジェンダーの視点の重要性
 日本の税と社会保障制度は、男性の稼ぎ手とその妻子で構成される世帯を標準モデルとして構築されてきたため、共働き世帯、単身女性や母子世帯に対しては所得再分配効果がほとんどないことから、税と社会保障の再構築にあたっては、ジェンダーの視点からの検討が重要である。

5 様々な分野における社会保障充実の実践
 信頼と合意に基づく財政を再構築するためには、財政は「人々のためにある」という「説明」と「実践」を続けることが重要である。
⑴ 財政の存在意義を共有できる社会を目指す
 上記基本理念に基づく政策の転換が必要であり、私たちは、生活保護基準や年金の引き下げではなく底上げを、貸与型の奨学金ではなく給付型の奨学金を、貧しい家庭の生まれであっても等しく学習できる無償の教育を、児童扶養手当の削減ではなく拡充を、医療・介護サービス等の自己負担増ではなく税により支え合う制度の構築等を求め、社会保障制度の様々な分野の充実目標を明確にし、「説明」と「実践」を通じて、財政の存在意義を人々が共有できる社会を目指す。
⑵ 債務国家化を回避する道
 このような政策へと転換しないまま、貧困と格差の拡大という社会の危機を放置する政府を人々は信頼しない。政府に対する信頼がなければ、人々は租税負担に抵抗し、税収は下がり、累積債務は増大こそすれ減少しない。国際比較でも、政府への信頼が低い国では、公的債務が膨らみ、累積債務問題が深刻化する傾向にある。債務国家化を回避するためにも、貧困と格差の拡大に歯止めをかけ、社会保障充実の実践を続ける必要がある。

6 税の透明化と民主的コントロールの確保
 民主主義の下、国民が税に関する正確な情報にアクセスでき、税制のあり方や税金の使途の決定に実質的に参画できるシステムが構築されなければならない。

第2 公正な税制の実現
1 税制全体の再構築-基幹税としての所得税の復権もなく、社会保障の拡充もないままの消費税増税の弊害
 所得税は、個人の支払能力(担税力)に応じて負担を課す公平性を重視したものであり、貧困と格差の拡大を是正するために重要な租税である。
 ところが、所得税は、度重なる減税政策により、財源調達能力が低下し、その税収不足が消費税によって穴埋めされてきた。
 しかし、消費税は、最も貧しい低所得層の負担が最も重く、逆進的な性質を有する。所得税による財源調達機能を建て直さず、所得再分配が機能していない中で、消費税を増税していくことは、低所得者の負担を重くし、所得格差を拡大させ、人々を分断させ租税抵抗を一層高めてしまう。
 そこで、所得税を基幹税として再構築し、税に対する信頼確保を図り、社会保障サービスを拡充しながら、税制全体を再構築する必要がある。所得税の機能を回復させず、所得再分配が脆弱なまま、消費税を増税することは逆進性の弊害を強めるものであって、貧困と格差の是正にとって有害である。

2 所得税-分離課税の総合課税化等
 所得1億円以上の階層から所得税負担率が減少するなど、所得税の再分配効果が後退した要因は、累進税率の緩和と資本性所得の分離課税の存在にある。そこで、累進税率の引き上げや、分離課税の総合課税化によって累進課税の対象外の所得を累進課税の対象とすることにより、所得税の累進性を強化する必要がある。
 また、基礎控除が極めて低廉であるため、生活保護法の最低生活費に及ばない収入しかないのに納税の義務を負わされる国民が存在する。担税力を欠く貧しい人に広く課税する現状は、憲法25条から直接要請される最低生活費非課税原則に反することから、これを是正するため、基礎控除の額は引き上げなければならない。

3 法人税
⑴ 大企業優遇税制を見直し、課税ベースを拡大する
 大企業であるにもかかわらずほとんど法人税を納税していない企業が少なくなく、巨大企業の実質的な法人税負担率が中小企業より低い事態も生じている。また、様々な特別措置によって、実質的な税負担率は10%程度にしかなっていないとも指摘されている。
 受取配当金が課税対象外とされ、租税特別措置法による優遇税制等がその要因となっていることから、受取配当金の益金不算入制度の見直し、租税特別措置の廃止・縮小等により、法人税の課税ベースを拡大する必要がある。
⑵ 法人税を引き下げる方針の見直し
 平成27年度税制改正において、法人税(法人実効税率)を「以降数年で20%台まで引き下げることを目指す」とされた。
 しかし、富裕層や法人に対する減税をすれば経済成長を促し、豊かな税収をもたらすとともに、豊かさは貧しい者にも滴り落ち、格差も抑制されるという、いわゆるトリクルダウン効果は、国際的にも否定されている(OECDワーキングペーパー「所得格差の動向と経済成長への影響」)。また、国際的な企業の立地選択においても、租税負担の高さは重要な要素となっていない。したがって、法人税率の引き下げが法人税収を増大させると考えるべきではない。法人税の引き下げ分は、法人の内部留保や借入金の返済等へ充当され、株価を高め、株式保有率が高い高額所得者を優遇し、格差を拡大する方向に作用することから、法人税引き下げ方針は見直されるべきであり、財源確保のためには、引き下げられてきた税率の引き上げも検討されるべきである。
⑶ 申告所得金額の公示制度の復活
 申告所得金額の公示制度(いわゆる企業長者番付)は、2006年に、個人情報保護を口実になくされた高額納税者番付とともに廃止されたが、企業の納税行動を透明化するため、申告所得金額の公示制度を復活させ、あわせて、納税額を開示する制度を設ける必要がある。
⑷ 復興特別法人税の長期継続
 東日本大震災の被災者支援の財源確保を目的として、2011年に、復興特別税が導入され、このうち、復興特別所得税は、実施期間が2013年から2037年の25年間、復興特別法人税は、実施期間が2012年度から2014年度までの3年間と定められた。ところが、復興特別法人税については、経済界からの法人税減税の要望を受け、1年前倒しして2014年度で廃止された。
 しかし、東日本大震災から4年半以上が経過して現在も、いまだ約20万人もの人が避難生活を続け、多くの被災者が生活の不安を抱えたままである。
 法人も、個人と同様、社会的責任を果たし、長期にわたり被災者支援に貢献すべきであるから、復興特別法人前を復活させるとともに、実施期間を少なくとも個人と同様の時期まで伸長すべきである。

4 タックス・ヘイブンとの闘いと破綻した国際的な税のシステムの回復
 多国籍企業や富裕者によるタックス・ヘイブンを利用した税逃れが横行している。タックス・ヘイブンがある限り、いくら国内で税の累進性を強めても、大企業に対する課税を強めても、その効果は損なわれる。
 OECDが10月に発表した「税源浸食と利益移転(BEPS)」プロジェクトの最終報告書は、タックス・ヘイブン対策に向けた大きな第一歩である。政府はこれを実効あらしめるための関係法律を早急に制定すべきである。
 とりわけ、多国籍企業に対して国別の利益や納税額の報告を求める「国別報告書」の提出の義務付けは、大きな成果である。しかし、国別報告書は、本社所在地国に対してだけでなく、多国籍企業が事業を行うすべての国に対して報告すべきものとすべきである。
 政府は、日本で活動する多国籍企業の子会社の情報を、本社所在地国から早急に入手し、わが国における事業内容を把握するとともに、わが国における経済活動によってもたらされた利益には、適正な課税を行わなければならない。
 政府は、タックス・ヘイブンに子会社を設立しているわが国の大企業に対して、その子会社の実態を公表させるとともに、タックス・ヘイブンを利用した税逃れを封じるべきである。
 政府は、国際的な法人税の引き下げ競争に歯止めをかけるために、国際的な共同行動を呼びかける必要がある。

5 資産課税の強化
⑴ 相続税
 相続税の課税ベースを拡大し、かつ累進課税を強化することにより、所得再分配機能を高めるべきである。
 相続税の課税方式を、現行の「法定相続分課税方式」から「遺産取得税方式」に改めるべきである。その上で、基礎控除額は、被相続人との親族関係に応じた金額とし、担税力のある相続人及び受遺者については、基礎控除額を縮小すべきである。
 相続税の最高税率(現行55%)を引き上げ、累進課税を強化すべきである。
⑵ 贈与税
 住宅取得資金、教育資金、結婚・子育て資金の贈与に係る非課税の特例は、本来、国が政策として行うべき住宅政策、教育の機会均等、少子化対策などの責任を国民に押し付けるものである。しかも、行き過ぎた高額な非課税制度は、相続税の補完税たるべき贈与税を形骸化させ、贈与を受けられる者と贈与を受けられない者との格差を助長し、「格差の世代間連鎖」を促すことになるため、縮小すべきである。
 贈与税の最高税率(現行55%)を引き上げ、累進課税を強化すべきである。
⑶ 富裕税
 近年、日本では、所得格差以上に資産格差の拡大が深刻となっている。
 特に、投資可能資産100万ドル(約1億円)以上を保有する富裕層は250万人近くに達し、アメリカに次いで富裕層の多い国となっている。世界的な格差拡大に呼応して各国で問題提起されているように、これらの富裕層の保有資産に対して、緩やかな累進税率で課税する富裕税の創設を検討すべきである。

6 その他
⑴ 金融取引税
 金融取引税は、株式、債券などの金融取引に対して、低率の課税を行うことによって、過剰な金融取引と投機を抑制するとともに、大幅な税収を確保しようとするものである。
 ヨーロッパではすでにフランス、ドイツなど10か国で2016年からの導入が合意されており、日本でも導入に踏み切るべきである。
⑵ その他の新しい税制
 国際連帯税、環境税など、新しい税制についても、検討すべきである。
                                   以 上

(2015年12月21日改訂)

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