埼玉総合法律事務所

電話:048-862-0355
祖母の戦後

祖母の戦後

私の母方の祖母は沖縄の出身です。県立第一高等女学校の卒業生でした。
そう、沖縄戦で動員され、多数の戦死者を出した「ひめゆり学徒隊」の母体となった学校です。
大正元年(1912年)の生まれの祖母は、女学校を卒業して間もなく、家族とともに東京に移り住んだため、あの悲惨な沖縄戦には巻き込まれずにすみました。

祖母と一緒に暮らしたことがない私は、祖母から沖縄の話しを聞いた記憶はほとんどありません。
一度,沖縄が本土に復帰し、海洋博が開かれた頃だったでしょうか、沖縄旅行から戻ってきた祖母が,みやげ話を嬉々としてしていたことを覚えているくらいです。

その後、祖父を喪くしてから、祖母は何度か沖縄を訪ねていました。
“うちなーぐち”(沖縄方言)もしっかり覚えていたようで、伝統的な“うちなーぐち”をここまで話す人はもうほとんどいなくなってしまったと地元の人から驚かれたこともあったようです。

“うちなーんちゅ”の祖母は、どんな想いを抱いて、誰を訪ねて沖縄を旅していたのでしょうか。
祖母が亡くなって今年で5年になりますが、今になってもう少し祖母から話を聞いておけばよかったと思う今日この頃です。

ひめゆりの塔 画像
弁護士 野本 夏生
印刷する

« »