「おのれナポレオン」(弁護士 牧野 丘)

弁護士 牧野 丘

昨年も16本の芝居を観に行きました。
中でもおもしろかったのが、三谷幸喜作演出の「おのれナポレオン」(東京芸術劇場プレイハウス)。
主演の天海祐希が心筋梗塞で降板し、急遽、宮澤りえが代役を務めた芝居です。このニュースは、芸能ニュースだけでなく一般紙の社会面の記事にもなりました。私は、その代役初演の5月10日のチケットを買っていたという、とんでもない巡り合わせでした。

もともと宮澤りえは、これまでも何度か芝居を観る機会があり、とても器用かつ存在感のある好きな女優さんです。
宮澤を囲む俳優陣は、野田秀樹、内野聖陽、山本耕史、浅利陽介ら安定感のある男優ばかり。まあ、途中のトラブルなどなく終わっていくのだろう、とは予想していました(実際そうだっただけでなく宮澤ワールドが創出されていたわけですが)。

しかし、芝居は映像と違ってナマモノそのもの。イキモノと言ってもいい。本当は何が起きるか分からないのです。
だいたい長い公演期間の中で終演間近のこの時期に来るお客さんは、芝居に見慣れている人が多いのですが、それでも観客席は固唾をのむ空気が充満していました。
途中、野田がアドリブで「客を緊張させてんじゃねえよ。」と怒鳴って笑いを取っていましたが、ホント笑い事ではなかったです。

その感想としてはあまりに陳腐ですが、やはりプロだなぁ、と。
何がプロって、短期間に台詞や芝居のニュアンスを体得する技術もさることながら、要するに宮澤リエは、名声を獲得する前に、リスクをとったわけです。

なにも4日間の芝居でせいぜい3000人に賞賛されるために芝居に臨んだわけではないと思うのですが、それにしてももし失敗したら「勇気ある挑戦」では済まされなかったと思うのです。
宮澤のみならず三谷もプロデューサーもみんな酷評されたはずです。
天海祐希の降板は抗しがたい特殊事情ですから、芝居全体を中止にしてもさほど大きなことにはなっていなかったはず。
少なくとも宮澤りえにキズがつくことはありません。すごい。でも、人を幸せにするということはそういうことかもしれません。
いたく染みいった夜でした。

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